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「く、蔵ぁ~……? 授業が始まっているから、先生席についてほしいんだがなあ~……」
先生は一時間目の授業が始まっているから席に座るよう巌城に進言する。
俺も内心激しく頷きながら、しぶしぶながらも席に着くだろうと巌城を見る。
が。巌城、少しも動かず。
動かずどころじゃない。まったく聞こえている様子すらない。完全無視だ。
いや、巌城の人となりは俺も少しはわかった。無視じゃなくて、興味がないから耳に入っていないだけだ。
巌城は先生の存在に気が付いているのかすら怪しい様子で俺のカバンの中にあった救急ポーチをつつきまわす。興味はこっちにあるようだ。
先生とクラスメートたちはだよな〜とでも言いたげな顔をしていた。
どうやら巌城が先生の言葉を聞かないのはいつものことらしい。そういえば野中もそんなことを言っていた気がする。
巌城はのめり込むと周りが見えず、見えていても会話が成り立たないので言うことを聞かせられないのだとか。
だからといってこのままここに居座られると、俺は生きた心地がしないのだが……。
「…………うう」
ヘタレは俺の代名詞だ。
ビビりと臆病をつけ足してもいい。
そんな俺は仕方なく、ポーチをつつく巌城の頭をぽんと軽くなでた。
巌城のビー玉のような目が俺を見る。
なんだ? という目だ。よしよし、俺も少しは巌城をわかったかもしれんぞ。
「巌城、授業を受けないといけない。先生もみんなも困っているから、席に着くんだ。俺の隣だから、すぐそこだ」
巌城の席だという隣の机を指さして言うと、巌城はん、と俺にポーチを返した。
それから背伸びをしながら立ち上がって、かしかしと自分の頭を掻く。
「ククク、わぉん。格子が言うなら、しかたねえなあ」
そう言って巌城はもそもそと席に着くと、机に突っ伏してしまった。授業を受けずに寝るのか。先生に怒られるぞ。
巌城はせっかく席に着いたのに、今から居眠りをするらしい。
流石にそれは止められない。
仕方ないから先生には諦めてもらおう。俺にはこれが限界だ。スイッチを入れて殴られたら元も子もない。
そう思って先生に向き直ると、先生は目を見開いて巌城と俺を交互に凝視していた。
よく見ればクラスメートたちもみんな固まって、こちらを凝視している。
な……なんなんだ? 責めているのか? もしや責めているのか? いやしかし俺の力ではこれが限界だっ。この上授業を受けるように説得するなんてできるか!
猛然と心の中で抗議する。
しがない転校生に求めすぎだ。俺のポテンシャルではこれが最大限の頑張りである。
だが、真意は違ったらしい。
先生が、唖然と呟く。
「……蔵が……言うことを聞いたぞ……」
──よくわからんが、俺はこの事件以降〝蔵巌城係〟という意味のわからない係に就任してしまった。
……転校しようかな。
了
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