トコフェロール②【完】

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 おはようございます。  こんにちは。こんばんは。  どれでもいいが、俺は中町(なかまち) 格子(こうし)。  山をまるごと使って作られた全寮制男子校に通う、ヘタレでちょっと運が悪い高校二年生だ。  ズレた季節である五月に編入してきた俺だが、現在六月も半ば。  あれから一ヶ月が経過した頃だ。  それはつまり、こういうこと。 「格子。俺は数学と仲が良くねぇんだ。数学は俺とトモダチになりたくねぇってよ。ヒデェこった。ククク」  数学の教科書を丸めてその穴から俺を覗き、ニンマリと笑うイカレた子犬──(くら) 巌城(いわき)の面倒を見る係に就任してからも、約一ヶ月が経過したということである。  通称〝蔵巌城係〟。もちろん本人非公認である。未だに納得していない。  けれど俺が避けたくても巌城は同じクラスで俺の隣の席だし、巌城自身がなぜか俺に毎日近づいてくるので無碍にはできず、だ。  主に朝と帰りにだけ声をかけてくるが、巌城の考えていることはわからない。  ただこのなんの色もない濁ったビー玉のような瞳に見つめられると、俺はなんだか自分が捨てられたことを知らない捨て犬のように見えてつい話をしてしまう。  今も差し迫るテスト週間を目前に控えて俺の机にぐで、と張り付きながら、数学がわからないと訴えていた。  おかげで俺の周りには一定の無人空間ができている。  いつものことだ。薄情者め! 「ん、ん……あのな? 巌城。まず教科書は丸めちゃだめだぞ? うん」 「なんで? 俺は丸めたいんだ」 「えっ。いや、ええと、きょ、教科書は開かないと読めない」 「バカだなぁ、格子は。開いても読めねえよ」  ニタ、と薄ら笑いを浮かべる巌城は、そんなことも知らないのかとばかりに丸めた教科書を握りつぶしてコテンと小首を傾げる。  色気すら感じる笑みなのにやってることは子どもと同じで、さらに理論はわからない。  悲しきかな。  これもいつものことなのだ。  う、うぉぉぉ……ッ! 教科書って握れるもんだったっけ。わかんない。わかんないけど、たぶんここでちゃんと教えねぇと俺は死ぬんだろうな。クシャっと。クシャっと!  机の下で、実は足が大爆笑している。  俺は引きつった笑みで応対しつつ震える手を伸ばし、どうにか教科書を握る巌城の手にそっと自分のそれを添えた。 「ン?」 「教科書を開いたら、読める。……ひ、開かないと友達になれない! そういうもんだぞっ。どんな書物もパカッと開いて読むから理解できるものじゃないか。わかるか? わかってくれ」 「ン……ン。ン」 「うひぃっ」  俺が青い顔で必死に訴えると、巌城は丸めた教科書を机の上にドサ、と落とし、俺の手を取って頬をすりよせる。  青白くしっとりと滑らかな肌が運動部時代のトレーニングの名残で少し焼けた俺の手に、ピタリと張り付く感触。  エメラルドグリーンの目を細めて、濃黒の前髪の隙間から魔力を纏う視線が俺を貫く。 「……っ……」  ドキ、と胸が高鳴った。  本当、キレイな目なんだよな。  コケっぽく濁ってるのにそれが虹彩に馴染んでいるから澄んで見える。
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