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それをスッと細めるものだから、瞼の間から少しだけ覗く瞳をもっと見たくなる。これが目で誘われるってことなのかも。
くそう、美形はズルい。
中身が駄犬でもこんなにエロい顔ができるんだ。モテモテか。モテモテなのか。ここ男子校だ。逆転無罪。
「全然わかんねぇ。俺が丸めたい気持ちが宙ぶらりんだ。無視したら丸めたい俺がかわいそうだ。そうだろ?」
「俺がかわいそうだぁぁぁぁ!」
しかしそんなキレイな目でわかんねぇと断言された俺は、ガバッ! と頭を抱えて叫んだ。
嘘だろ巌城。この流れだぞ?
我ながらうまいこと誘導できたと思ったのに、でまさかのちっとも伝わっていなかったオチなんてあんまりだ!
普通は俺の懸命な説明に胸を打たれて、教科書のシワを伸ばすものだろう。
青春の高校生活のやり取りならそうあるべきだ。それが青春である。
それを全部無視した巌城の反応に、周囲の視線は「まあそうなるよな。イカレ変人だからな」という実に生ぬるいものだ。
うるさいぞ。そのイカレ変人に近づけもしないくせにバカバカ。
俺だって離れたい。手を掴まれている。離れられない。俺のバカバカァッ!
「うぅ……わ、わかった……それじゃあ俺が読んで、数学を教えてやる。そうしたら巌城は数学と仲良くなれるんじゃないか?」
内心でギャン泣きしながら転がるが、あまり表に表情が出ない俺は表向き普通の顔をして新たな提案を投げかけた。
当然ながら机の下の俺の足はガックガクである。
触れてはいけない。
男にはプライドというものがあるのだ。
まあ俺もあんまり頭がいいわけじゃないけど……編入試験のために勉強したからな。ちょっとは学力が上がってると思うんだ。
自分を叱咤激励することも忘れない。
ヘタレはヘタレなりに弱小メンタルを良好に保つ技がある。自己暗示ともいう。
するとダメ元の作戦だが、巌城はほおずりをする俺の手を持ったままコテンと小首を傾げた。
「…………格子が?」
「そうだぞ。一緒に赤点を取らないように、勉強しよう。だから、教科書は大事に使わないと」
「…………」
じっと目を合わせて説得する。
巌城は俺の手を離し、しわくちゃになって丸みを帯びた教科書をグリグリと伸ばして幾分マシな姿に整えた。
それを見る俺は、話をわかってくれたのか、と涙を流したい気分である。
巌城は手当たり次第に手に取ったものを赴くままにいじくるので、いつもなにかしら壊したりするのだ。
ちょこっとずつ矯正せねば。
いつか俺が壊されてしまう。怖い。
けれどほっと一息を吐く俺に対し、立ち上がった巌城は俺の手を取って──チュ、と口づけた。
「…………」
「格子とアカテンを倒すぜ。ガウガウ」
するりと手を離して目を細め笑みを浮かべる巌城が、何事もなかったかのように自分の席に着いて突っ伏する。
尻尾でも振っていそうなくらい上機嫌だった。でも全然わかんない。あれ。全然わかんない。
ギギギ、と首を動かして友人である野中 道久の席に視線を送ると、親指を立てられる。酷い。今日もちくわパンを奢ってもらおう。
とりあえず、だ。
俺の手の甲の純潔を男に散らされたという事実は、子犬に噛まれたと記憶を上書きすることで事なきを得た。
得ていないが、得た。
得たったら得たんだ!
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