1096人が本棚に入れています
本棚に追加
俺──御割 修介の通う高校には、三初 要という数学教師がいる。
そうは見ない整った顔立ちの男で、一見すると優男だが根っこはドス黒いサディストだ。
なのに顔がいいので女子に人気があるし、仕事にもそつがない。
担当した生徒たちはみんな数学の成績が良くなるので保護者たちにも気に入られている。俺も成績が上がった。
「……ということで、明日は服装検査があります。そのつもりで、ね」
帰りのホームルームをする声まで淡々としていて、耳に触りのいい音を奏でるのだ。
三初先生は決して怒鳴らない。
怒らせると、笑って毒を吐く。
おかげで何人が泣き、何人が性癖を開花させたことやら。マゾになったやつらは片手じゃ足りねぇんだ。
俺のクラスの担任になってから、クラスのやつらは軒並み三初先生に従順なネズミになっちまった。
本人にその気がないのが恐ろしい。叱り方が絶妙に心をへし折るので、裏で暴君と呼ばれていたりいなかったりモニャモニャ。
「まー俺は君らの毛根や肌が毛染めと化粧で荒れ果ててもどうでもいいんですけど。不要品の持ち込みも遊んでいい成績取れるなら構いませんし」
ぼんやりと頬杖をつき、先生が話す姿を見つめる。意味はあまりない。
「もちろん俺の話を聞かなくても、問題ないなら構いませんよ」
まつげ長い。顔ちっせぇなコノヤロー。目元が一番エロい。あれのせいでマゾが増えてる気がする。
なんつーか、顔は結構好きな系統なんだよな。典型的なイケメン。猫系の切れ長な目。口元だけで笑う癖。
ただこいつは、性格がやべぇんだ。
力で押さえつけたりしない。その選択肢しかないように口八丁手八丁、しれっと誘う。性悪の猫。最低最悪の暴君野郎だ。
「──でも」
「ふむぇっ?」
そうやってぼんやりと三初先生を意味なく観察していると、突然頬をグイッと掴まれ、顎をあげられた。
マズイ。
「最前列で目ぇ開けたまま寝られると、問題起こしてあげたくなるなぁ……御割クン?」
「ぅみゅ」
教壇の真ん前で頭を放課後に飛ばしていた俺は、観察対象にニンマリと笑みを浮かべられ引きつった笑みを返した。
言い返そうにも一日授業で頭を使ったせいで思いっきり寝ぼけたことを考えていたのは、事実である。
コノヤロウと思うくらいはご愛嬌。
三白眼でギロリと睨みつけるが、三初先生には効いた試しがない。
教室中の視線を一身に集めながら、三初先生は俺の顎を指でなぞったあと、スルリと手を離して名簿を手に背を向けた。
「じゃ、ホームルーム終了。挨拶したら散ってください。御割クンはあとで数学準備室へ来るように。先生と、遊ぼうか」
そして最低な言葉を残し、ガラとドアを開いてピシャンと閉める。いちいちふざけた物言いで呼び出しやがって。
おかげで起立と礼を終えたあと、俺は三初先生のファンにヒソヒソとされてしまった。
うるせぇ。好きで呼び出されてんじゃねぇんだよこちとら。代わりに行ってくれたっていいんだぜ? 代われるもんならな。三秒で追い出されるだろうがよ。
フン、と口元をへの字に曲げて不貞腐れるが、外野には届かない。
それに先生のファンはたいてい頭がおかしいので、俺の代わりに叱られても嬉しがるんだろう。
前に服装検査時、化粧をして登校した女子に「朝から時間かけて顔面塗装するより俺に無駄な手間をかけさせないことに尽力してください」と言ったが、女子はむしろ三初先生の好感度を上げたくらいだ。
男連中、というか俺はあまりにもなジャイアニズムに中指を立てた。
俺が言われた側だったらキレてたぜ。
女でもキレてた。
そんなファンたちを差し置いていつも呼び出される俺は、たいへん不本意だがマゾ連中の羨望の的である。たいへん不本意だが。
ドンマイと順に肩をポンと叩く友人たちを一睨みし、俺はカバンを肩にかけ、数学準備室へ向かった。
最初のコメントを投稿しよう!