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物凄くうまい。
じゃなくて、べ、勉強はどうした!
わなわなと震える。
今すぐ頭を抱えて項垂れたい。
巌城、もしかして、いやもしかしなくても、授業中は寝てるか絵を描いてるかで、一切勉強をしていないんじゃないか? 赤点を回避できるわけがないだろう!
俺は小首を傾げる巌城に向かって、ノートをビシッと指さし声を潜めつつ追及した。
「これはなんだっ」
「見たとおりだろ。夜の水面に映る水上マーケット。空に浮かぶ月が揺らめいているが、水面の月は輪郭を得ている。本物はこっち。しかし人々は空を見上げ、星と共に輝く水面の月を楽しんでいるんだぜ。この絵から察することは、人々が物を見れない愚かしいものということか。はたまた偽物だろうが孤高に輝く月より、星と共に在る月のほうが美しいという隠されたメッセージなのか。受け手の心に問いかける不確定な絵を描いたつもりだからな」
「なるほど、深いな……ってあんためちゃくちゃ喋るな!?」
「くくく。口があれば喋るものだぜ」
そんなつもりはなかったのにしみじみと聞いてしまい、遅れてツッコミを入れる。
絵のこととなると突然淡々とだがスラスラと話し始めた巌城に、俺は余計驚かされて震えるしかない。
だがいくら芸術点が高くとも、ノート点が最低だろう。
赤点も回避できないに決まっている。
「巌城、お前は一度停学になっているし、このままじゃ……夏休みは補習祭りだ……!」
「お祭りは、りんご飴。金魚はかわいいな?」
いや違う。
お祭りの話はしてない!
ニマニマと笑っている危機感のない巌城を見て、俺は酷すぎる逆境に対し、逆に火がついてしまった。
有り体にいえば、努力と根性のスポーツマン精神が顔を出し、全力前進で巌城に数学の赤点を回避させる気になったのである。
──俺がなんとしてもこのいろいろと才能に対して残念すぎる男に、ノー欠で夏を始めさせてやらねばならん……ッ!
「よし巌城、新しいノートを購買に買いに行くぞ。そして俺がノートを写してやるから、巌城は方程式と戦うんだ。いいな?」
「格子はノート写す? 俺もノート写すがいい。そうしたら、メロンをやる」
俺が犬と言って以来、肯定の返事には犬の鳴き真似で応対するのが巌城という男だ。
そしてなぜか俺になでられるやら構われるやら犬扱いを好んでいるきらいがある。
薄ら笑いを浮かべてワガママを言う巌城に、腹を括った俺はジロ、と厳しく睨みをきかせる。
「…………方程式を倒したら、メロンバーを奢ってやるぞ。もちろん、あーんで食べさせてやる」
「アォーン」
そんなこんなで熱血似非爽やか男子な俺のスパルタ教育(飴アリ)のもと、巌城はテストまでの間、数学と友達になることになったのであった。
合言葉は、数学は友達! 怖くない!
巌城は友達、じゃない……と思うが、怖くない! 死屍累々にしない時はな!
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