トコフェロール②【完】

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 ──そして時はさくさくっと流れ、テスト週間前日の夜。 「お前、マジであの蔵と毎日勉強会してんの?」 「ん? あぁ」  食事と入浴を終えて寮で巌城のノートに自分のノートを写していると、ベッドに寝転がる野中が、呆れた声を上げた。  一般生徒の寮部屋の間取りは1K。  十二畳の部屋に小さなキッチンがついていて、ベッドは二つだ。風呂とトイレは別。収納クローゼットもある。  小ぶりの食卓にノートを広げる俺は、その言葉にこっくり頷く。 「あれ? ビビってたんじゃなかったっけ」 「もちろんしっかりビビってるぞ。でも巌城は今のところ俺を殴ったりしないからなぁ……身構えてさえいれば大丈夫なんじゃないか? 意外と非暴力なのかもしれん」 「そりゃあたぶんお前が奇跡的に地雷踏んでねぇのと、蔵の暴れっぷりをまだそんなに見てねぇからだと思うけど」 「実はちょっと舐めている」 「お前強ぇな」 「ヘタレとて成長するのだ」  むふん、と胸を張る。  野中はほほうと感心してくれたが、それでも若干心配そうでもあった。  うん? 大丈夫大丈夫。本当に巌城は俺を殴ったりしない。  ハグのたびに絞め殺しかけているのと掴まれたところが痣になるのとたまに骨が折れかけているだけだ。……いや普通にヤバい。麻痺しかけていた。  くっと気を引き締めるがこんな油断を野中が知るはずもないので、なにが心配なのやら首を傾げる。  テスト勉強のことか?  巌城に数B、数Ⅱを教えつつ俺も自分の勉強をしているから、順調順調。  全教科分のノートを取り直すのは骨が折れたが、夜の自由時間を削れば問題なしだったのだ。  巌城をノー欠にするべく燃える俺は熱血モードなのである。向かうところ敵なし。  そう説明したが、それでも野中は心配そうな表情を崩さない。  風呂上がりのしっとり桃色美少年は、同じく風呂上がりの俺の肩をツンツンとつつく。 「まだ問題あるのか?」 「や。蔵って、数学は壊滅的だったんだよな」 「そうだぞ。今は証明もペラペラ」 「それってさ……もしかすると、全教科壊滅的なんじゃね?」 「なんで前日に怖い話するんだよ!」  眠れなくなるだろ──ッ!  絶叫してテーブルにゴンッ、と頭をぶつけた俺は、両隣りの部屋からドンドンッ! と壁ドンをキメられた。うるさいやい。  愛すべき友人である野中は、いつも俺に突然爆弾を落とすのだ。酷い。  ショックのあまりしばらく無言でプルプルと震えて、俺は物言わぬ屍となった。  だが、それも少しのことだ。  数秒じっくりお休みしてから、おもむろにすっくと立ち上がる。 「お、キレたか?」 「……ってくる」 「ん?」 「巌城の部屋に行ってくるっ!」  ギャンッ! とそう宣言した俺は、勉強道具一式を愛用のスポーツバッグに詰め込んで巌城の部屋の所在を聞き出し、やけくそ気味に寮を飛び出した。   ◇ ◇ ◇  で、飛び出したはいいものの。 「…………」  俺は一般寮より豪華な特別寮の内装に辟易して、巌城の部屋の前で立ち尽くしていた。  ぅよし。  説明するから、聞いて驚け。  特別寮というのは、勉強や部活の特待生や割増料金を払った富裕層の息子たちが暮らす素敵な寮のことだ。  聞くにこの学校の理事長は多方面に顔が利く人格者で、生徒たちに合わせた環境を提供することを重視しているらしい。  身分や能力を分け隔てなく同じ教室で学ばせることで、コミュニケーションや人への理解を深めさせる。  その代わり普段と違う環境でストレスばかり感じないよう、プライベートでは優遇措置も取る。過ごし方も割とフリーである。  教師は理解を示すことをまず初め、生徒たちの個性に合った提案を行う教育方針。  要するに〝ダメなことは叱るしなぁなぁにはしないがそれぞれの個性は大いに尊重するぜ!〟という校風なのだ。
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