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慌ててスマホを取り出すと、野中からメッセージが来ている。
〝今夜は外泊ですか。ゴムは着けろよ〟
「違う!」
ズドドド、と首を横に振るうさぎのスタンプを送り全力で否定した。俺はノーマルだ!
巌城に他の教科を勉強するように言って教えようと思っていたのにそれもできず、今から帰るにも骨が折れるだろう。
俺はほとほと困り果てて、ガク、と肩を落とした。──そんな俺を眺める、エメラルドグリーンの瞳。
「格子」
「っな……!」
コテンと小首を傾げた巌城の腕が強引に体を抱き寄せて、俺は巌城の膝の上に乗り上げる形になってしまった。
「ど、どうした?」
「違うこたねぇよ。格子は俺と遊びに来たんだろ。なでてくれるんだ。わかってる」
「全然違う。全然ちがーう!」
俺の気持ちが入ってない!
ダメダメと首を横に振る俺に対して、クツクツと喉を鳴らす巌城。
けれど違うと拒否したせいか、さぁ遊ぼうと抱きしめる巌城の腕の力が、どんどん強くなり始めた。
「ゔっ……!」
ギシ、と骨が軋む。
痣になりそうな勢いで抱きしめるので、俺は絞り出すように呻く。
──痛い、力、強すぎだろ……っ!
俺が呻いても巌城は自分のせいだと気づいていないようで、変わらず奇妙な話をのんびり続けた。
むしろ抱きしめる俺が腕の中で身をよじるのが嫌なのか、離すまいと強く強く抱きしめて、スン、と鼻をヒクつかせる。
確か野中の話では、巌城は自分の力が人より強いとちゃんと理解できていないのだ。
「い、巌城、っ」
「俺の部屋にはミキサーがあんだぜ。ミックスジュースを作るだろ? 明日のランチは、セロリの茎だ。格子、俺はいい寝床を見つけたんだ。小鳥もいる。お前の仲間。な?」
「ゔぃ、っ……待って……待てっ」
このままじゃ抱き潰されてしまいそうな気がして、俺はもがきながら、トントンとなるべく優しく巌城の頭に触れる。
「ン、……あ?」
「巌城っ……俺が、っ俺が抱きしめたいから、いったん離してくれない、かっ?」
「…………」
途端──巌城は俺を抱きしめる腕を、ピタ、と停止させた。
この時〝お前が抱きしめると痛いから〟じゃなくて〝俺が抱きしめたいから〟と言ったのは、なんとなくだった。
悪気も自覚もない巌城にとって、抱きしめている相手に「離れろ」と言われるのは、たぶん、寂しいだろうと過ぎっただけ。
どうして自分が触るといけない?
どうして嫌がられる?
そう思ってしまうと思う。たぶん。
まぁなんとなくだけどな。やられて嫌なことはしないでおこうってことだ。
俺だったらシンプルにあっちいけとか離せとか、言われただけでしょぼんとするもん。なるべく柔らかめの言葉で頼む。
なんにせよ、よかった。
死なずに済んだ。
絞め殺されずに済んだ俺はほっと一息を吐き、巌城の頭をぽんぽんとなでてから約束通りぎゅっと抱きしめ返して、すぐに体を離した。
根が悪い男ではないのはもうわかっているけれど、危ない男だってことを軽視してしまっていたから気を引き締め直さねば。
止まった巌城は俺をじっと見ている。
眉根を寄せて、薄く唇を開き、僅かに震えたように思えた。
そんなに表情を変えるのは珍しいな。
「ゴホン。ええと、今日は数学以外の勉強をしているのか聞こうと思って来たんだ。明日は公共と英語だろう? もしやってなかったら赤点を取ってしまうかも。巌城、明日のテストの準備はしているか?」
「……格子……」
「ん?」
すっかり大人しくなった巌城に最初の目的を説明すると、再起動した巌城は、迷子のような弱々しい声で俺を呼んだ。
なんだろ? ちょっと様子が変な気がする、けど……なんでだ? 全裸だったから風邪でも引いたのか?
「格子、格子」
「う、うん? どした?」
「格子……格子……」
「うん、うん。うーん……?」
心配を他所に、巌城は俺の腰に手を添えたままちっとも動かず機械的に俺の名前を繰り返し続ける。
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