虹の柱と呼ぶには。①【完】

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 昔々のお話ってやつだ。  俺は中学の頃、いわゆる反抗期というやつのせいか、グレていた。  といっても非行少年という感じじゃあない。別に髪を染めたり喧嘩をしたり、カツアゲ万引きなんてこともなかった。  ただ、学校をサボる。  不登校児というものだろう。  友達もいないので、一人でふらふらとあてもなく歩いた。目的もなく、人の波に乗って流された。  引きこもりじゃない。  だからどう言えばいいのかわからないけれど、便宜上、グレていたということ。  親は無関心ではなかったが、諦めているようだった。  俺もそれでいいと思った。  できればいっそ無関心でいてほしい。  でも、期待と失望の視線は無関心を与えてくれなかった。  人に流されることに飽いた俺が最後にたどりつくのは、いつも無人の公園だ。  ブランコを占領して、何時間もぶらぶら。  時たまそばの道を通る大人は、みんな怪訝そうな顔をして歩いていく。しかしそれすら、俺にとってはいつものことなのだ。  ある日のこと。  俯きブランコに腰掛ける俺に、見知らぬ男が声をかけてきた。  いや……男だと断定することはできない。  男はパーカー付きのジャケットに身を包み、目深にかぶったフードのせいで、口元以外の顔が見えなかったからだ。  履き古してくたびれたジーンズと、首元の伸び切ったブイネック。  服装のせいで全く覇気のない怪しい男、に見えた。俺は体格と声から男だとあたりをつけ、警戒する。 「なにをしてる?」  予想外の言葉だった。  自分を観察していた俺に、男はもう一度同じ言葉を吐いた。  抑揚のない、簡潔な喋り方。  低い声だが話し方のせいで少し高く聞こえた。口元はうすらと微笑んでいる。 「別に……なにも」  不気味な雰囲気に気後れし、もごもごとした頼りない声を返した。年齢が予想できないので、素のままで話す。  冷たい風が頬をなでた。  そういえば、この時は冬だったな。  男は上着のポケットに両の手を突っ込んだまま、また特徴のない声で数言俺に話しかけてきた。 「いつもここにいるね」 「…………」 「おなかすかない?」 「……いや……」 「寒いよ」 「はぁ……」 「寒い。あっちが温かいよ」 「や……別に、あっちとか行かないんで……ほっといてくれよ……」 「なんで?」  なんで? って聞かれても……、と戸惑いから逃げ出そうとした時だ。 「俺は君を守りに来たのに」  そう言われて、びっくりした。  気味が悪いし気持ち悪いけれど、突然言われた言葉が驚きを生んだのだ。  男は微笑んだまま、ぽかんと口を開ける俺に手を差し出す。 「楽しいかい? この世界」  そんな質問、酷すぎる。  まるで俺の答えを知っているようだ。  俺は吸い寄せられるようにその手を取る。彼は当たり前のように握り返し、俺の手を引いて歩き始めた。  楽しいわけが、ないだろう。
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