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昔々のお話ってやつだ。
俺は中学の頃、いわゆる反抗期というやつのせいか、グレていた。
といっても非行少年という感じじゃあない。別に髪を染めたり喧嘩をしたり、カツアゲ万引きなんてこともなかった。
ただ、学校をサボる。
不登校児というものだろう。
友達もいないので、一人でふらふらとあてもなく歩いた。目的もなく、人の波に乗って流された。
引きこもりじゃない。
だからどう言えばいいのかわからないけれど、便宜上、グレていたということ。
親は無関心ではなかったが、諦めているようだった。
俺もそれでいいと思った。
できればいっそ無関心でいてほしい。
でも、期待と失望の視線は無関心を与えてくれなかった。
人に流されることに飽いた俺が最後にたどりつくのは、いつも無人の公園だ。
ブランコを占領して、何時間もぶらぶら。
時たまそばの道を通る大人は、みんな怪訝そうな顔をして歩いていく。しかしそれすら、俺にとってはいつものことなのだ。
ある日のこと。
俯きブランコに腰掛ける俺に、見知らぬ男が声をかけてきた。
いや……男だと断定することはできない。
男はパーカー付きのジャケットに身を包み、目深にかぶったフードのせいで、口元以外の顔が見えなかったからだ。
履き古してくたびれたジーンズと、首元の伸び切ったブイネック。
服装のせいで全く覇気のない怪しい男、に見えた。俺は体格と声から男だとあたりをつけ、警戒する。
「なにをしてる?」
予想外の言葉だった。
自分を観察していた俺に、男はもう一度同じ言葉を吐いた。
抑揚のない、簡潔な喋り方。
低い声だが話し方のせいで少し高く聞こえた。口元はうすらと微笑んでいる。
「別に……なにも」
不気味な雰囲気に気後れし、もごもごとした頼りない声を返した。年齢が予想できないので、素のままで話す。
冷たい風が頬をなでた。
そういえば、この時は冬だったな。
男は上着のポケットに両の手を突っ込んだまま、また特徴のない声で数言俺に話しかけてきた。
「いつもここにいるね」
「…………」
「おなかすかない?」
「……いや……」
「寒いよ」
「はぁ……」
「寒い。あっちが温かいよ」
「や……別に、あっちとか行かないんで……ほっといてくれよ……」
「なんで?」
なんで? って聞かれても……、と戸惑いから逃げ出そうとした時だ。
「俺は君を守りに来たのに」
そう言われて、びっくりした。
気味が悪いし気持ち悪いけれど、突然言われた言葉が驚きを生んだのだ。
男は微笑んだまま、ぽかんと口を開ける俺に手を差し出す。
「楽しいかい? この世界」
そんな質問、酷すぎる。
まるで俺の答えを知っているようだ。
俺は吸い寄せられるようにその手を取る。彼は当たり前のように握り返し、俺の手を引いて歩き始めた。
楽しいわけが、ないだろう。
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