虹の柱と呼ぶには。①【完】

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 ──そして、現在。  俺は大人になった。  あの日からもう何年も経っている。  あの事件以降、俺は反抗期を脱し、どんな目にあっても毎日学校へ通った。  そして必死に勉強して遠くの進学校へ行き、口下手ながら周囲の人に話しかけ、臆病な自分を押し殺してコミュニケーション能力を育てる。  高校では部活に入り運動も始めて、いろいろなことを頑張ってきた。  人よりできない事実は覆らない。  要領は悪くても人の倍動くことで、なんとか不出来を誤魔化すのだ。  努力の甲斐あってそれなりにいい会社に入り、同期や上司とも笑顔を振りまいて、のらりくらりとうまくやっている。  いわゆる、人生勝ち組。  今の俺はあの頃のように自堕落ではない、充実の毎日を送っている。  逃げることなく仕事へ行き、職場の人ともうまくやれているのだ。  イジメられることもなく、親も「お前はできる子だと思っていた」と笑ってくれた。俺も笑った。  満たされているはずだ。  一般論では満たされている。なに不自由ないはずだ。  なのに、胸に風穴が空いている。  こんなことが、俺の思う自由だったのだろうか。  わがままなのだろう。  甘ったれていると思う。  だけどどうにも満たされない。  日の下にいるのに、なにかに押しつぶされている気がする。  今の俺を作るための下拵えがやめられず、なにをするにも時間がない。  まるで見えないなにかに俺の選択肢を全て決められているようだ。  飯を食べる時間だとか、就寝する時間だとか、いつも見るテレビ番組やよく聞く歌、趣味、服装、全部。  これが自由なのか。  それらは、ルールで決められているわけではないんだ。それにもしルールでも、ルールをやぶろうなんて気はない。  ルールを守った上での自由。  心から全面的に賛成だ。  でもなにか……なにか重い。  明日は出勤時間が早いから、早く眠ろう。昼休憩がこのぐらいしかないから、すぐ食べられるものを急いで食べて次の仕事の準備をしよう。  俺は人より早く下準備しなければ、完遂できない。だから人の倍頑張る。  頑張らなければ居場所がないから。  上司に誘われた飲み会は断れない。行かなければ悪く思われる。二次会の会場を調べておかないと。  友人でも同期でも、誰が相手でも誘いは断れない。眠れない。  下準備をしなければいけないのに、笑顔で付き合わなければひとりぼっちだ。  あぁ、このテレビ番組も流行っているから、見ておかなければ。  この歌手はあの人のお気に入り。  聞いておけば話題にできる。  時間がない。  体が、頭がついていかない。  決められているわけじゃないのに、こんなことをするのはおかしいとも思う。  だけどこうしないと、取り残されてしまうから。自分に趣味嗜好がないから、人に合わせるしかないから。  俺は自分でまた、制限をしている。  自由から遠のいている。  俺は俺を殺すことで、今の俺になる。  ──自分のやりたいことを、好きな時に、好きなだけ。 (やりたいことがないんだよ。好きな時って、いつならいいんだ? 好きなだけって、どれくらいなんだ?)  自由とはなんなのだろうか。  これであっているのだろうか。  誰か、俺の安心する答えを教えてほしい。  それらを諦めて自由なありのままの俺になったとして、空っぽの俺を、誰かが愛してくれるわけがないんだろう。
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