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──そして、現在。
俺は大人になった。
あの日からもう何年も経っている。
あの事件以降、俺は反抗期を脱し、どんな目にあっても毎日学校へ通った。
そして必死に勉強して遠くの進学校へ行き、口下手ながら周囲の人に話しかけ、臆病な自分を押し殺してコミュニケーション能力を育てる。
高校では部活に入り運動も始めて、いろいろなことを頑張ってきた。
人よりできない事実は覆らない。
要領は悪くても人の倍動くことで、なんとか不出来を誤魔化すのだ。
努力の甲斐あってそれなりにいい会社に入り、同期や上司とも笑顔を振りまいて、のらりくらりとうまくやっている。
いわゆる、人生勝ち組。
今の俺はあの頃のように自堕落ではない、充実の毎日を送っている。
逃げることなく仕事へ行き、職場の人ともうまくやれているのだ。
イジメられることもなく、親も「お前はできる子だと思っていた」と笑ってくれた。俺も笑った。
満たされているはずだ。
一般論では満たされている。なに不自由ないはずだ。
なのに、胸に風穴が空いている。
こんなことが、俺の思う自由だったのだろうか。
わがままなのだろう。
甘ったれていると思う。
だけどどうにも満たされない。
日の下にいるのに、なにかに押しつぶされている気がする。
今の俺を作るための下拵えがやめられず、なにをするにも時間がない。
まるで見えないなにかに俺の選択肢を全て決められているようだ。
飯を食べる時間だとか、就寝する時間だとか、いつも見るテレビ番組やよく聞く歌、趣味、服装、全部。
これが自由なのか。
それらは、ルールで決められているわけではないんだ。それにもしルールでも、ルールをやぶろうなんて気はない。
ルールを守った上での自由。
心から全面的に賛成だ。
でもなにか……なにか重い。
明日は出勤時間が早いから、早く眠ろう。昼休憩がこのぐらいしかないから、すぐ食べられるものを急いで食べて次の仕事の準備をしよう。
俺は人より早く下準備しなければ、完遂できない。だから人の倍頑張る。
頑張らなければ居場所がないから。
上司に誘われた飲み会は断れない。行かなければ悪く思われる。二次会の会場を調べておかないと。
友人でも同期でも、誰が相手でも誘いは断れない。眠れない。
下準備をしなければいけないのに、笑顔で付き合わなければひとりぼっちだ。
あぁ、このテレビ番組も流行っているから、見ておかなければ。
この歌手はあの人のお気に入り。
聞いておけば話題にできる。
時間がない。
体が、頭がついていかない。
決められているわけじゃないのに、こんなことをするのはおかしいとも思う。
だけどこうしないと、取り残されてしまうから。自分に趣味嗜好がないから、人に合わせるしかないから。
俺は自分でまた、制限をしている。
自由から遠のいている。
俺は俺を殺すことで、今の俺になる。
──自分のやりたいことを、好きな時に、好きなだけ。
(やりたいことがないんだよ。好きな時って、いつならいいんだ? 好きなだけって、どれくらいなんだ?)
自由とはなんなのだろうか。
これであっているのだろうか。
誰か、俺の安心する答えを教えてほしい。
それらを諦めて自由なありのままの俺になったとして、空っぽの俺を、誰かが愛してくれるわけがないんだろう。
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