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◇ ◇ ◇
未成年の誘拐、監禁は難しい。
前もって念入りに準備をしていたなら問題なかったかもしれないが、俺は焦りから衝動的に犯行に及んだ。
故のドジだ。まったく救えねぇ。
彼を前にして、やはり俺はうまく優しい男を演じきれずじまい。
不自然を不審がられて距離を取られた挙句、警察に手をまわしているうちに逃げられてしまった。
根回しが遅れて、逃げられた上に逮捕。
今時三下でも踏まないドジ。クズ。幼稚にもほどがある。
力が足りなかったせいだろう。
もっと誰も抗えないほどの力を、手出するのが馬鹿らしいほどの手に入れていれば、こんなことにはならなかったのに。
それからの俺は、彼に逃げられた苛立ちを全て仕事に注ぎ込んだ。
企業買収? 政治家懐柔?
その程度、すべてちっぽけな布石だ。
次、彼を迎えに行く時、絶対に誰にも邪魔させない。
絶対に逃がさない。
だが不自由はさせない。国が欲しいのだと強請られても笑って叶えられる男になる。
全てのことから守ると言った。
一生一緒にいたいと思った。
初めて気づいた。
俺は執念深かったらしい。
──今、迎えに行く。
駅のホームで、いつかのように死んだ目をした男が見えたのだ。
ここ最近、俺は毎日が満たされていた。
狂いそうなほど欲した存在が俺の手の中にあって、毎日俺のためになんの変哲もないメシを作ってくれる。
今日の晩飯はビーフシチューとバゲット。それからシーザーサラダだ。
一人暮らしをしていた彼が簡単な料理はできることは知っていたが、それを食べることができるとは思わなかった。
そりゃあ、目を見張るほどうまいわけではない。
メニューも地味で、家庭料理なんて食って育ってきていない俺の口には慣れないものが多かった。
しかし俺にとってはどんな一流料理人のフルコースよりも、価値がある晩餐だ。
ビーフシチューを一口食べる。
いつも食器を持つ手が、喜悦でわずかに震えてしまう。
悟られてはしないだろう。
泣野をかわいがって、甘やかして、俺に愛されることをノーマルだと思わせたい。
それ以上は、今は殺す。
しばらくはただ、俺が十年以上身のうちに溜めた愛したいという感情を、じっくりと受け入れてほしいだけなのだ。
「今日もとてもおいしいよ。泣野、いつも素晴らしいディナーをありがとうね」
「ん……そんな、褒めることじゃねえよ」
元の俺とは似ても似つかない、なるべくやさしい口調できちんと笑って答える。
だが、彼は一瞬寂しそうにして、笑って謙遜した。怯えも感じる。
寂しい? 怯え? ……どうしてなのかねぇ。わからないよなぁ。
自分もと食事に手をつける彼を見つめて、俺はここのところ、内心苛立ちと焦燥感に駆られていた。
彼が近頃、少し寂しそうな顔をする時があるからだ。
理由に検討はつかない。
俺が笑ってなにか褒めたり感謝したりなにかをすると、彼はなんともいえない表情をした。
なぜだ? 金はいくらでも渡している。足りなければいくらでも搾り取ってこよう。
欲しいものはなんだって買って与えているし、俺の目の届く範囲では、なにをしても咎めたりしていない。
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