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ピンポーン、ピンポーン。
俺が一切合切無視していようが、繰り返されるインターホンは泣野を急かす。
「で……でねぇと」
「でなくていいよ」
「えっ、でも鳴って「でなくていい」……あ、ああ」
ピンポーンと追加。
焦燥する泣野に俺は吐き捨てる。
けれど、いくら無視しても懲りずに鳴り続ける呼び鈴と淡々と食事をする俺の板挟みになった泣野が、オロ、と狼狽した。
すまねぇな。ダメだ。
俺の勘はよく当たる。それはもう自分でも笑っちまうぐらいに。
その勘が〝厄介者だ〟と、苦虫噛み潰したような顔で告げているのだ。
泣野。わかったらそのかわいい耳を飾りにしてな。
ピンポーン。
「毎日家事をしてくれるのはとてもありがたいけれど、最近寒くなってきたからね。体調には気をつけるんだよ」
「や、あの」
ピンポーン。
「疲れたら休んでいいからね」
「ありがとう。でも、あれが」
ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピピピピ。
「っ俺、出てく「いい」はい」
やかましいな。
泣野の声が聞こえねぇだろ。
無視をし続けていたが泣野はやはり無視できないようで、彼が立ち上がろうとしたため、俺はしぶしぶ立ち上がった。
嫌な予感より宝物を隠すほうが重要だ。
他人の目に晒したくない。
──クソ面白くもねえなぁ……邪魔されるってのは。
オッサンのささやかな夢だろうに。
硬直してしまった泣野に背を向けたところで、スッ、と表情を消す。
玄関までの道のりを一歩進むにつれて、花が咲いていた頭が真冬へと戻っていく。
だいたい、門から侵入して玄関のインターホンを押している時点でタチの悪い厄介者だと決定しているのだ。
邪魔だなあ。ああ、邪魔だ。
俺はふたりきりで、手料理で、言葉を交わしながら、あの子と〝甘い生活〟ってやつを送ってたってのに。
「くだらない用なら、潰すぞ?」
「いやそれこっちのセリフ!」
ドアを開けながら少し殺気を込めて呟くと、野暮な訪問者は耳障りな大声で俺を指さし叫んだ。
「おっせえよどんだけ無視すんの!? ってかいい加減こっち顔出してくんない!? カジノの元締め抱き込む最後の取引フライト直前でばっくれやがって俺死ぬかと思った! つーか寿命削れたわ!」
あんな腹ン中の知れねえ爺とタイマンで探り合いとかもうぜってえしねえ! と叫ぶうるさいアホウ。
知ったこっちゃねえなぁ?
んなことは。
面の皮は上等な金髪ひげ面のこの男は、阿賀谷 寅吉という。
いわゆる仕事仲間だ。ヤの付く自由業の若頭。若と言っても俺と同い年だが。
こう見えてこの馬鹿は、悪だくみに関しては切れ者だったりするのだ。
お互いの能力に関しては絶対的信頼を置いているが、こういうところは好かない。溜息を吐くのも億劫だ。
ぎゃーぎゃーと不満をまき散らす阿賀谷に対しまったく微動だにしない俺を、阿賀谷は恨めしそうに見る。
「要件はそれだけかい。くだらないね」
「それだけ!? 俺を一人死地へ送り込んで自分は家にこもりっきりのくせにそれだけとかお前鬼か! この人でなし! 冷血漢!」
「人でなしか。そいつぁ光栄だ」
「あああまてまて閉めるなわかったごめんごめん! 門のカードロックバグらせたの謝るから閉めないで! ってかいい加減入れろ!」
「あぁ、請求書はあとで送ろう。さておかえりはあちらだぜ若様よ」
「や、あの、プッシュダガー突きつけんのやめてください……それどこから出したんだ?」
「ベルトのバックル」
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