虹の柱と呼ぶには。②【完】

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 (side阿賀谷)  俺の目前数ミリへ薄っぺらい刃物を表情を変えずに突きつける男。  相変わらずなんの感情も読み取れない食えない表情。容赦知らずの冷酷非道。  たぶんこいつは俺を殺そうと思えば、躊躇せず息の根を止めるのだろう。  足がつかないように多方面に手をまわして、事故か暗殺にでも偽装するんだ。  そう確信が持てた。  仮にも相棒に冷たい男である。  もうこの男と悪事を働くコンビを組んで何年も経つのだが、俺に情が移っている気がしない。というか移す情があんのか? ねーと思うなぁオジサン。  突き出されたダガーを見つめていると、心底疑問が湧く。  てーか、なんで今日コイツこんな機嫌わりぃの? 生理?  置き去りにされた俺が怒ってんのは当然わかるけど、相棒がイラついてんのおかしいだろ。そも普段感情表現おバグり召されてるじゃねーか。  俺は機嫌が悪い相棒というものを、本当に久しぶりに見た。  それほど機嫌の良し悪しを悟らせないのがノーマルなのだ。  それがこうもわかりやすいということは……俺ってば、タイミングの悪い男?  たらりと垂れた冷や汗を拭って、ひきつった笑みを浮かべる。  タイミング悪いのかよ。  じゃあ笑うしかねえ。死ぬな。冗談抜きで。ただで殺されてはやらねぇけども。  もし本気出して殺されるなら逃げ切る自信がだいぶない。  俺の相棒とは、それがジョークにならない存在なのである。やっだ。 「あー、とりあえず入れてくんね? 仕事の話だけど、玄関先でする話じゃねえし」 「帰んな」 「仕事の話だっつってんだろ馬鹿たれ」 「へぇ……」 「ごめん馬鹿は俺です」  どうにかこうにか言葉を選んでいつも通りに笑いかけたのに、相棒は態度を変えず頑なに俺を拒んで冷たい視線で俺を貫いた。  あまりの取り付く島のなさについ口を滑らせるのはご愛嬌。  首筋に当たった金属は冷たかったです。  一気に帰る気が湧いてくるが、そうもいかない悪い癖が頭をもたげた。  しかしくだらない悪さに命を懸けている俺としては、これだけかたくなに拒否されると──逆に気になるってもんだ。  普段の相棒なら絶対俺のその性質をわかっているからうまく意識をそらすか、大事じゃねえふりをするんだ。  でもそれすらかなぐり捨てて、頑なに拒否。気になる。  相棒はそもそもなにかに執着すること自体稀だった。無に等しい。  仕事の話だって言ってんのに、仕事すらどうでもいいのか?  この先になにがある。  今までがかすむほどの大金か?  値がつけられねえほどの宝石か?  それとも愛だの恋だのから最も遠い位置にいた相棒を虜にするほどの絶世の美女か?  俺は腹に飼っている好奇心の魔物を、揺り起こさずにはいられない。  これは俺の悪い癖。  裏の巷では〝笑うサソリ〟と言われている俺は、気になるものへは思いっきりゴーサインだ。  あ、普通に人間だぜ?  サソリは死ぬ好奇心を持たねーよ。 「な〜あ〜相棒〜。俺の性格わかってんだろ? あとここんとこ寒くなってきたしそろそろ入れてって! お願い! あ、なんならお前が外出て仕事はいやだってんならうちでできるようにサポートするからさ。ヒュ〜。その話もしてぇし、な?」  パンッ、と手を合わせて、軽く頭を下げて見せる。ほらほらわかってんだろ俺の思惑。必死になった相棒の負けよ。  好奇心がぐつぐつ言ってやがる。  悪人どもの間で〝毒蜘蛛〟と名高い男の宝物、拝見させてもらうか。  巣にかかったが最後、絶対に逃げられない。じわじわと毒殺されるように骨までしゃぶられる。  極悪非道の俺の相棒様。  シンプルにゴネてからしばらくの沈黙のあと、スッ……と突きつけられていたものが静かに離れていった。 「必要外の言葉を発するなよ? お前さんは、幸運なのさ……じゃなきゃ他人なんざ、目玉えぐって鼓膜引き裂いて喉焼かねえと宝の前に立たせてやりゃしねえんだぜ」  そう言って入り口をふさいでいた体をずらした相棒の目は、少しも冗談を感じない吹雪みたいな目をしている。  つまるところ、その言葉には本当に嘘偽りなく本気なんだと悟った。  ……。あれ、やっぱちょっと早まった?
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