虹の柱と呼ぶには。②【完】

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 混乱して固まる俺をしり目に、阿賀谷さんはなおも絶叫を続ける。 「えっ!? えっ!? そりゃそれなりに上等な面だけどがっつりぎっつり男じゃねえか! 大金は!? 宝石は!? 絶世の美女は!? もしや相棒ホモだったのか!?」 「あ……? え……?」 「ってかなにより気持ち悪いッ! きもッ! なにその笑顔? なにその善人みてえなしゃべり? プライベートだぜ? 今まで俺を友人なんて紹介したことねえじゃん。なにそこの子気遣っちゃってんの? 鳥肌立ったわ!」  おーさぶいさぶい、と自分の腕をさする阿賀谷さん。  俺は頭が付いて行かず、得た情報を整理できずに目をぐるぐるさせるしかない。  大金とか宝石とか美女って、男は俺のことを彼にどう説明したのだろうか。  阿賀谷さんはなんだか男をゲイだと勘違いしてしまっている。  というか、友人として紹介されたことがないって……ええと、本当に友人なのか?  あんまりだ。  普段彼は、男にどういう扱いを受けているのだろうか。 「つーかなんで手錠? あー泣野? くん? なんで手錠? 相棒の趣味? いや個人の自由だと思うよ? 性癖はな、うん。俺だってペドの嗜虐趣味だし。お前がホモでサドでもむしろノーマル! お前ほどの鬼畜のことだから屍姦とかリョナが基本だと思ってたしむしろ健全。オーケーオーケー」 「…………」 「でもやっぱりその〝優しい口調で微笑む相棒〟って視界の暴力だから! いつも無表情じゃん。まったく微塵も変化しない鉄仮面じゃん。口調だって淡々としててズバッとしてっしどう足掻いても別人では?」 「…………」 「や、だって毒蜘蛛よ? 悪名高い俺の相棒サマよ? 俺最後にお前が笑ったの見たのロシアでマフィアのブリガディア拷問してた時じゃねーの。足の先っちょから少しずつミキサーにかけて悲鳴奏でてた時じゃねーの。 それがデフォルトな俺ら含め組織のガキどもが今のスマイル見たら泡吹いて卒倒するわぁ気色悪ぃなもうやめろよ鳥肌〜……っ!」  無表情の鉄仮面?  足先削ってマフィアの拷問?  阿賀谷さんは耳を疑うとんでもないことを言いながら、化け物でも見たかのような様子でマシンガントークを繰り広げる。  俺はビキビキと油の切れたブリキ人形のように固まった顔で、阿賀谷さんのそばに異様なほど静かに佇む男を伺った。 「っ」  男はじっと俺を見ていた。  いつもとまったく変わらない作り物じみた薄い微笑みを浮かべて。  ビクッと体が跳ねる。  三日月をぺたんこにした口元と眠たげに細まる切れ長の目元が大人の男の色気を誘う薄ら笑いが、俺の様子を伺っている。  俺は今、ものすごく情けない顔をしているんじゃないだろうか。  俺を見つめて、男は小さく息を吐いた。  言葉のない吐息は苦手だ。  つい、またいつかのように俯いてしまいたくなる。思わず目線を下げてしまった。  でも。 「泣野」  トンと呼ばれて顔を上げると、男が俺のすぐ目の前に立っていた。  よしよしと頭をぽんぽんなでられる。いつの間にいたのかわからないが。 「ごめんね。すぐ終わるから、ちょっとだけ、耳と目をふさいでいてね」  阿賀谷さんがあんなに騒いでいたのにやっぱりちっとも変わらない声が囁いて、同時にそっと抱きしめられた。──やっぱり、なんでか、ここは安心する。  ジャラ、と手錠の鎖が鳴った。  目をつぶって、きつく耳をふさぐ。  感じていたぬくもりが離れていった。  だけどきっと、大丈夫。今のハグで、そう思える魔法がかかったらしい。 「──泣野、もういいよ」  しばらく経った頃。  トントンと肩を叩かれ、耳をふさいでいた手を外し、ゆっくりと瞼を持ち上げる。  そこにはやはりいつも通り笑みを浮かべる男と──どこか遠い目をしてガタガタと震える阿賀谷さんがいた。  ……。ぅよしわかった。  これは聞いてはいけないやつだ。  あんたのことがもっと知りたいとかそんなんじゃなくて、これは絶対に聞いてはいけない類の世界だ。  知らないほうがいいタイプの知識だ。  間違いない。聞いたら俺もガタガタ震えることになる。絶対なる! 「びっくりしたかな? 大丈夫。阿賀谷はお調子者で、冗談が好きなんだ。さっきの話はみんな嘘だから、忘れてね」  ゆるりと口元を緩めて穏やかな語気で告げる男の言葉に、口答えなんかするわけもなくコクコクと必死に頷く。  ──やはり俺は、選択を早まったのだろうか……?  改めて真剣に悩んだものの、解決はまだまだ先になりそうなのであった。  ちなみに余談だが、阿賀谷さんを夕飯に招待したら、ビーフシチューが苦手なんだと青ざめてバゲットを齧っていたぞ。  なぜかなにか困ったことがあれば力になるとも言われた。  男がなにかを言ったのかもしれないがら、なにを言ったのかと聞くほど、俺は勇気ある若者ではないのである。  了
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