狐と狸とエンジェルと。②※【完】

10/21
前へ
/368ページ
次へ
 それから黒ラブくんにもトモダチの証を渡して、誘われるがままマインのIDなるものを交換しようとした。  だけど俺はスマートフォンを持っていないことを思い出したので、泣く泣く断念。  代わりと言ってはなんだが、近いうちに昼食を共にする約束を取り付けることに成功したぞ。よかったよかった。  次はお腹いっぱい食べような。  昼食だけでも、黒ラブくんが気を抜ければいいと思う。  こっちの校舎の温室で待ってるからと言って、俺たちはほのぼのと別れた。  ──……本当は、もしかしたら迷惑だったかもしれないとは、思うんだけどな。  だけど、いいんだ。  黒ラブくんはあんなに怖がりなのに努力しているんだから、どうしても放ってはおけなかったんだ。ごめんよ。  本当にイイと思ってくれていたのか、真相はまたあとで聞けばいいだろう。  泣き虫な前向きエンジェルは怯むことなく、またとことこと歩き出した。  さて、生徒会というたぬきちゃんのオトモダチはどこにいるんだろう?  残るはあと、二人だけ。 「そこのあなた。今は授業中ですよ。早く教室に戻りなさい」  残りのトモダチを探してあてもなく歩いていると、ふとどこからか声が聞こえる。  自分のことかなと振り向くと──そこには書類を抱えたきれいな生き物がいた。  スッと小さく纏まったシャープな顔立ちにどこか高貴な雰囲気を持つ薄いクリーム色の髪にメガネをかけたその人は、なんと残りの一人のボルゾイちゃんだった。  俺はやっぱり運がいい。  ありがとう。俺はイイコに過ごします。 「こんにちは。俺は空知 神だ」 「そうですか。聞いてませんよ。私は風紀ではないので取り締まったりしませんが、早く戻らないと連絡ぐらい入れるかもしれませんね。生徒会副会長としてノーコメントではいられませんので」 「風紀がなにかは知らないが、連絡は入れないでほしい。俺は用事があってここにいる。とても大事な用事だ」  きれいな顔できれいな微笑みを浮かべたままのボルゾイちゃんは、俺をあの校舎に帰したいようだ。  だけども俺には用事がある。  追い返されるわけにはいかない。 「お願いがあるんだ」 「不躾ですね。あなたとはこれまで会ったこともないのですが」 「違うんだ。たぬきちゃんのことなんだ」 「比喩表現が過ぎます。どなたのことをおっしゃっているのか、早急に固有名詞を言いなさい」 「こゆう、え、と……うぅ……」 「本名を忘れるのはいかがなものかと」  にこやかに笑ったまま、ボルゾイちゃんはずばずばと物を言う。違うんだ。いやあ、待ってくれ、すぐに思い出す。がんばる。  うーんうーんと悩みながら、たぬきちゃんに関する記憶をたどっていく。  狐さんはタカと呼んでいたから、名前はタカに関係するはずなんだが。  それなら苗字はなんだっただろうか。とてもポピュラーな文字だったから印象が薄いよう……がんばる。 「あぅぁ……え、ぇ……ああっ、ヤマダだ、ヤマダタカユキだ」 「単純な文字列。そんなありきたりな名前、忘れる人がいたんですね」  ぽん、と手を叩いて思い出したとはしゃぐ俺を、ボルゾイちゃんは吐き捨てるような口調で捨ておいた。
/368ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1078人が本棚に入れています
本棚に追加