狐と狸とエンジェルと。②※【完】

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「無理ですね。視界に映ると脳が認識してしまうものでしょう?」 「困る、困る。たぬきちゃんは離れたくても離れられないらしいんだ。大目に見てあげてくれないか?」 「だとしても、どうしてそこまで私が気を使わなければならないんですか? 他人なのに。私ばかり損をする。他人が怖いから、不快だから、弱いから。私ばかり割を食う」 「わかるよ。ただ、しかたないんだ。わからないものたちは、怖いのだろうな、ボルゾイちゃんが。その張りついた笑顔も、こびりついた敬語も、こわごわなんだ」  俺がそう言った瞬間、ボルゾイちゃんは線香花火が落ちるように表情を無くした。  余裕のある優雅な態度から微かにイライラした空気を感じるが、俺はと言えば呑気に〝無表情でもきれいな生き物だな、ボルゾイちゃんは〟なんてことを考えて、ボルゾイちゃんを見つめ返す。 「お前もか。俺の表情にケチをつけるのは。俺の笑顔を見て、気持ち悪いからやめてくれだなんて抜かしたあの男と同じだ。俺がこうして取り払ってやったら笑えると失礼この上なかった。性悪男め……それがなんだ、今度はたかだかいち生徒が怖いからやめろだと? 舐めるなよ。こんなもの、処世術に決まっているだろう? 笑顔も敬語も俺は疲れるんだ。だが俺のこの有り様は、初対面や親しくない人間にはキツイらしい。無礼だ毒舌だとやかましいから、猫を被ってやっただけだ。が、お望みならばやめてやろう。くそったれめ。そらどうだ? 満足か? えぇ? 次そのたぬきに会ったらちゃんと伝えておけ。今度俺にケチをつけたら、二度と笑えない顔にしてやるとな」  ボルゾイちゃんは聞き取るのがたいへんなくらい怒涛の勢いでツラツラと語った。  言葉が崩れて表情まで変わっている。これがいわゆるキョウアクヅラって顔だろう。  そんな顔で舌まで打つボルゾイちゃん。  上品に見えるボルゾイちゃんだが、牙を剥けば誰より素早く狡猾に仕留める頭のいい凶暴な猟犬だ。特別棟の肉食たちがみんな逃げ出しそうなオーラがある。  だけどもなんだか、俺はこっちのほうが落ち着くなあと思った。  なんというか、しっくりくるのだ。  ボルゾイちゃん似合っている。すてき。 「チッ……なんだ、お前。反応なしか? まあ求めておいてゲラゲラと腹を抱えるドS野郎よりまだマシだな。ごちゃごちゃうるさくない口も評価してやる」  きょとりと少し小さいボルゾイちゃんを見降ろしたまま反応しない俺に、猫を被らないボルゾイちゃんが睨みを利かせた。  俺はうんうんと頷く。  ちょこっと楽しい。こんなに舌がよく回るなんて、ボルゾイちゃんはすごい。 「これでわかっただろう? 俺はこんな人間だから、興味のない人間に気を使うほど暇じゃない。わかったらピヨピヨ寝ぼけたヒヨコはさっさと自分の収容所に帰れ。特別棟の人間がこっちに来るのはルール違反だぞ。それとも成績下位者はそんな単純なルールも理解できないのか? ハッ、いっそ哀れだな」 「あぁ〜」 「おい、奇声を上げる暇があるなら手足を動かして帰れ。無理矢理動かされたいならお望み通りそうしてやるが」 「んん、んん」 「はぁ……めんどうになってきた。お前、いいかげん風紀に引き渡すぞ」 「う、考えごとをしていた。よく考えて、こんなボルゾイちゃんならすてきと思った。俺はアレってやつだが、もう一つお願いをしてもいいか?」 「あ? 意味がわからない」  ボルゾイちゃんの素を聞きながら考えごとをしていたと説明すると、ボルゾイちゃんは眉をしかめて俺を睨む。  そんなボルゾイちゃんに、俺は今からすごいことをお願いするのだ。 「んと、と、お願いは……俺、今のボルゾイちゃんのトモダチになりたいんだ」  どうだ。言ったぞ。  これが一度で成功したことがないことも踏まえて、俺はごくりと唾を飲む。  そしてこれを聞いたボルゾイちゃんは、やはりもの凄く、ものすごおおおおく「はぁ?」とでも言いたげな顔をした。……。……ほーらーなぁぁぁぁ。
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