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穏やかに笑って「行くか」と言う先輩に手を引かれ、駅に向かって歩き出す。
カニ先輩は一緒に出かける時、手を繋ぐ癖もある。
俺がどこかへ離れて行くと心配だからと、リード代わりに繋いでいてくれるのだ。やっぱり優しい。
「そういえば昨日俺があげた紅茶、どうだったんだ?」
「あれ、スか。うまかったス。すんって寝れたス」
「よかった。またあげるから、休みの日に使うといい」
「ッス」
表情はあまり変わらないが、ホコホコと嬉しさに胸を火照らせながらコクリと頷く。
先輩がくれたよく眠れる紅茶のティーバックは見たことない製品で、自分では手に入らないが本当にぐっすり眠れた。
あえて思うなら……ちょっとエロい夢を見るくらいだったな。
初夢を思い出し、ほのかに頬を赤く染める。うう、また罪悪感。
いつも口元を緩めて微笑むカニ先輩と違い、俺はなかなか表情に出ないタイプである。常に眠たそうでぬぼーんとしているとよく言われる。
しかし内心はなかなかコミカルな男だと自負している。俺の表情筋はめんどくさがりなのだろう。
それも、今はいいことだ。
先輩で夢精したとかバレたくね。
羞恥から顔をやや俯かせると、ギュ、と先輩がキツく手を握り締めた。
「年が明けることに、あまり興味がなかったんだが」
「ン。俺も、ス」
「クク、お揃いだな。だが俺は今年、年明けを特別だと言う世界のことがわかってしまったよ……まいった」
「? でも先輩、機嫌イイ、スね」
「ふ、そうかな……早く今年が終わるといい、と思っているぞ」
「?? よくわかんねぇ、ッス……」
うーんと悩ましく思って唸る。
カニ先輩の言うことは難しくてわかんねぇぜ。無念。
先輩はエスパーだから俺のことは住所だけじゃなく、身長、体重、血液型、誕生日、好きなものと嫌いなもの、ホクロの数や体を洗う手順、最後に爪を切った日までわかっている。
なにも言わなくても誕生日プレゼントをくれたし、俺好みの美味しい弁当を差し入れてくれたりもした。
本当だぜ。「そろそろ爪を切らないと試合中に怪我をするぞ」と優しく爪を切ってくれたりもすんだ。
でも、俺は先輩の言うことがわからない。先輩はわかるのに。
それがとても申し訳なくて、気持ちシューンと肩を丸くする。
先輩はそれもお見通しなので、ポン、と頭をなでてくれた。
「いつかわかってくれればいいさ。なあ、エビ……始まったところに還って終わると言うだろう? 俺も早く還りたいんだ。ずいぶん満ちて、いい気分だった」
「??? ……実家、スか」
優しく説明してもらっても、やっぱり俺にはわからない。
今年はカニ先輩のことを理解する年にしよう、と心に決める俺であった。
了
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