魔王と暴君、ハムスターとワンコ。【完】

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 (sideシャル)  ──元旦・午後。  魔界においても、本日は元旦である。  といっても寿命がすこぶる長く種類によって変わる魔族は、誕生日はおろか、年末年始すらそれほど大事なものと捉えていない。  年末年始より、年度が変わる四月三月のほうが忙しいくらいだ。  魔界の年明けは影が薄く、肩身が狭い。  おかげでアゼルは寝起きから俺の「あけましておめでとう」に「……おはよ、う……?」と返してきた。寝起きのアゼル。寒くなると寝ぼけ気味である。  しかし年明けが一大イベントな世界から来た俺だが、実のところ俺もそれほど年末年始を大事にしているわけではなかったりする。  社畜にとっては年の瀬なんて関係ない。  むしろなにかしらの接待やら飲み会やらで、飲みニケーションということをさせられていた。  休みなんてなかったぞ?  現代時代、「大晦日と年始、出勤するのどっちがいい?」と尋ねられた時は「選べるんですか?」と尋ねてしまったほどである。  社畜から脱した今も、俺の中で元旦の重要度は低かった。  専用厨房の大掃除だって毎日綺麗にしているからするところもあまりなかったしな。シンクの水垢や換気扇の汚れもピッカピカにした。  なので本来なら、このまま日常を始めることになるのだが──……今日は少しだけ、違う。 「さあアゼル。今日は年始の挨拶に人が来るから、出迎えてお年玉を渡すんだぞ。俺たちは実家の祖父母ポジションなんだ」 「オトシダマってなんだよ。なんで落とすんだ? そんなことのために二人っきりにもなれない午後休を取らされたなら、俺はそいつにオトシダマするぞ」  ガルルルルル、と唸るアゼル。  しかも俺の言葉を聞きいっそう抱きしめる力を強くするので、俺は「ふぎゅう」と潰れた声を出した。  ──そう。  現在俺を膝に抱いているアゼルと抱かれている俺は、年始の挨拶をするために魔王の私室へやってくる来客をにこやかに迎える仕事があるのだ。  毎度おなじみ天の声からの手紙によると、『ここが私にとって実家のようなものなので、実家参りもここでしてください』らしい。  ふむ……天の声が誰だか知らないけれど、魔族だったのだろうか。  俺たちの作り手ということなので、神様かもしれない。ずいぶん適当な神だ。  会ったこともなければ直接声を聞いたこともないのに魔王城に手紙を出せる変な人、というのが俺たちの天の声への認識だ。  けれど不思議と逆らえない。  おかげでアゼルはすっかり拗ねてしまって、俺を膝抱っこしたまま首筋の匂いを嗅いで気を落ち着けている。  俺の匂いには癒し効果があるのだとか。  初耳である。無臭か、お菓子の匂いがすると思うぞ。 (んん……でも、来客を迎えるのにこのままじゃダメだな……)  そう思った俺はアゼルにやる気を出させるべく、グッと首を後ろに伸ばして、アゼルの頭を片腕で前に寄せた。 「ほあっ……!?」 「アゼル、そう拗ねないでほしい。あとで俺からお年玉をあげるから、機嫌を直してくれないか……?」 「あわわわわわ……っ!」  そして耳に唇を寄せて頼んでみる。  途端、アゼルはビクッ、と体を跳ねさせて、耳まで真っ赤になってしまった。  おおう、どうしたんだろう。いや体勢的に向き合えないのでどうしたってこうなるだけで、怒らせるつもりは毛頭なかったぞ。 「っお、オトシダマって、そう、そういうもんなの、か……!?」 「? 俺のお年玉は、いらないか?」 「ふ、ふん! この俺がそんなエロボイスで落ちると思うなよバカ野郎が! 貰ってやらないこともねぇぜ!」  貰ってくれるらしい。  すっかり機嫌を直したのか、ニマニマと嬉しげにしながら俺を横抱きにしなおすアゼルに、俺もふふふと気分が和やかになった。  やっぱりアゼルには、いつもご機嫌でいてほしいからな。  さてさて。  ご機嫌になったところで、他の世界からのお客さんたちを迎え入れるとしようか。 「アゼル。そういえば、俺を下ろしてはくれないのか?」 「この部屋には今、なんの策略か椅子が二脚しかねぇ。だからここに来た来客はもう一つのほうに強制膝抱っこで座るんだ。これで世界が混ざらず、椅子も足りる」 「なるほど、理にかなっている!」 「流石魔王!」 「流石アゼル! かっこいい」 「はうぁッ」
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