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10月19日 AM9:57
「村田」
ベンチに座っていた俺が名前を呼ばれてそっと顔を上げると、予想通り、そこには一人の男がいた。
ごく平凡な男、と言ってもイメージがつかみにくいだろうか。
そうだな。
こう言えばわかるか。
俺はこいつと同じ髪型のやつを中学高校とクラスで計十名は見たし、少しタレ目がちな目はそいつらの内半数がそうだった。
髪型も服装も個性を感じない。
オススメヘアスタイル上位の髪型を美容師に頼んだものの、自分でスタイリングはしない切りっぱなしだろう。
顔立ちも、別に不細工ではないが、華があるわけでもない。
帰宅部の高校生らしく厚みもなく、少し細身で案外色白なところなんて周りを見渡せば五人はいた。
そういう容姿の男だ。
要するに量産型モブ。
本来なら、俺は三秒で忘れる自信がある。なんなら認知しない。
「悪い、待ったか?」
「ああ。十五分ほど待った」
「悪かったってー……」
素直に待ったと言うと、焦った表情で俺の顔色をうかがう男。──だが。
「じゃあランチまで時間あるし、そこでなんか飲みながら行先考えよっか。村田の行きたいところに行こう」
へら、とタレ目をさらに垂れさせて笑うその男の顔が、俺は嫌いじゃない。
素直に頷くと、男は少し照れくさそうに俺の手を取って手頃なカフェへと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
10月02日 AM11:34
しかめっ面の俺。
笑う道化師のカードが手元に一枚。
「あーあ、これで十連敗!」
「村田弱すぎだろー……」
「ひっかけに簡単にハマるから、どう頑張っても勝てねぇのな」
「……うるさい。ババヌキが弱かろうが、生きていく上で問題ないはずだ」
むっすりと不機嫌顔でカードを投げ捨てると、周りの仲間たちがゲラゲラと俺を指さして笑う。
ここいらで好きなように喧嘩したり悪いことに手を出したりするお気楽お遊び集団。
ここが俺の巣だ。
集団の名前は赤。
なんのことはない。溜まり場にしている廃墟が真っ赤な装甲だからだ。
そこで喧嘩の時の特攻を担当しているのが俺、村田 薙徒。
髪も真っ赤で背が高いから、少し知れている。どうでもいいがな。
力は強いが、頭はあまり良くない。ぶっちゃけお粗末だ。
だからいつもこうして仲間にからかわれている。今日はババヌキだが、昨日はポーカーだった。
「でもさー今日はちょっと問題あるんだよなー?」
「ん?」
「〝十連敗したら告白〟」
「そんな約束した覚えはない」
「そこまで純粋な目で自分の御粗末な記憶力を披露しなくても」
なに? 本当にしたのか。
目を丸くすると「忘れただけだろがい」と呆れる仲間たち。そんなに溜息を吐いていたら老けるぞ。
すると仲間たちは、俺に一枚の写真を差し出した。
「深瀬 剛。俺らとタメで、なんと不幸にも小学校からずっと村田と同じ学校! 人畜無害なただの男子高校生です」
「記憶にない」
「いや今も学校一緒だろうが……」
「隣のクラスなのに……」
「覚えててやれよ……仮にも小中高同じなら……」
そう言われても、生活する上で絡む人以外は覚える意味がない。覚えられるほど俺の頭はキャパシティに余裕がない。
渡された写真に写る男は、なんとも感想が生まれない人間だ。
男。その一言に尽きる。
中肉中背で黒くて制服?
男子高校生らしく手足が細くて垢抜けなくてメガネなどのオマケもなくて、パンチ一発で吹っ飛びそうな、うん。
いかん。
写真から視線外した瞬間に忘れる。
写真にガンたれていると、仲間たちはニヤニヤと街でかわいい女の子を騙しここに連れ込んだ時と同じような悪い笑みを浮かべて、ズズイと詰め寄った。
「コイツに告れ!」
「まあ断られるだろうが、脅しでもなんでもして無理やり付き合え」
「ガチ惚れしたフリしろよ〜? そのためにナギトをよく知っててなんの影響力もないヘタレモブをチョイスしてやったんだからな〜」
「付き合ったらもちろん、キス、デート。ゴリ押せたらセックス?」
「そんで全部俺らに報告。マインも写真も全部提出。んま、証拠ムービーはいいか……お前嘘つかないタイプだし」
なんてこったい。
俺に詰め寄る全員が悪い顔をしていて、心底楽しいと目が言っている。
他人の不幸は蜜の味?
ああそうだな、こいつらの常套句だ。相手が身内だろうが関係ない。
俺は恨みがましく睨みつけながらも、うなずくしかなかった。
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