悪人正直者【完】

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 10月19日 PM02:32  深瀬お勧めのパスタレストランは、文句なしにおいしかった。  俺の行きたかったアクセサリーショップにきちんと付き合ってくれたし、ゲーセンでレーシングゲームにも付き合ってくれた。  その上昼は予約しておいてくれたのだ。昼時なのに苦もなく入れた。  和風たらこが深瀬。  カルボナーラが俺。  自分のはもちろん、ひとくち分けてくれたたらこもおいしかった。  行きつけなのだと、深瀬は得意げに胸を張った。 「じゃ、今度は俺の用事につきあってくれな?」 「ああ、かまわない」  に、と笑う深瀬。  前歯に海苔がついている。  遊んでみるとやはり俺を怖がらず、意外と気さくで段取りもよく面倒みもよかった。気まぐれバカな俺が堂々と楽できる頼りがいだ。  なのにこうして詰めが甘い。  ランチは予約したくせに、待ち合わせには遅刻する。  髪からは整髪料の匂いがしたが、私服はどこか量産型。  さてはマネキン丸買いしたな? 服は他人ウケより自分ウケだぞ。  レストランの支払いを狙ってそわそわしていたが、本能で喧嘩をする俺から見ると動きがノロいし読みやすいしで勝手に俺が払った。  いや、計算がめんどくさくてな。  割り勘は苦手なんだ。  そもそもなぜ奢ろうとするのか意味不明である。  鬱陶しいから邪魔をするな、と言うと、深瀬はガックリ落ち込んだ。意味不明である。そして今は歯に刻み海苔。  しかし俺はそんな深瀬の顔が嫌いじゃないままで──それは海苔がついていても変わらなかった。  だからなにも言わず、俺は深瀬のあとをついて歩くのだ。  その後。大型ショッピングセンターに連れてこられた俺は、深瀬のショッピングに付き合っていた。  ん? 刻み海苔か?  まだついていると思うぞ。特に触れていないからな。海苔に興味ない。 「んー……これはどう思うよ」 「さっきのよりマシだが根本的にイマイチだ。色が原色過ぎる」 「そっかぁー」  首をひねって、深瀬は手に持っていた青のセーターを棚に戻す。  深瀬の買いたいものは、服だった。  自分も特にセンスがいいわけじゃないから力になれているのかはわからないが、深瀬と一緒に服を選ぶ俺の心中は思いの外弾んでいる。  まぁ一応、それなりに派手な連中と付き合っているからな。  こだわりの強い男ばかりだ。  この俺ですらファッションにはそこそこ気を使うぞ。当たり前に、ダサいよりイケてるほうがいいじゃないか。  髪も染めるしアクセも着ける。  流行り廃りより自分に似合うもの、好きなものに拘る。  世間の型からなんとなくはみ出る自由人の集まりのくせにダサいってのはなんかこう、つまらん。  カッコつけるならなんだってつける。誰だって普通の男なのだ。 「ちなみにこのTシャツは」 「お前は何枚Tシャツを見るつもりだ? しかも同じようなデザインばかり違いがわからん。顔タイプが凡庸なのに服まで似たものに拘るなんて、背景に馴染む宿命でも背負っているのか?」 「わかった。わかったから曇りなき眼で心底不思議がるのはやめてくれ」 「Tシャツ以外にも服はあるぞ」 「知らねぇわけでもねんだ村田」 「あととりあえずスキニーという風潮はいいが靴のデザインが合ってない」 「そして今着てる服のコメントはいいんだ村田……!」  深瀬は悩むと俺に意見を求め、俺はそれに感じた通り答える。  そして深瀬はだいたい死ぬ。  別に殺したいわけじゃないのに。  そう思うともっと「お前にピッタリじゃないか」やら「お前はなにを着ても似合う」やら気の利いた優しいセリフが言えればいいのだが……生憎と、俺はそういう気遣いがとんと向いていない。  自分がされたって屁でもないものだからそもそもがわからん。  言わない選択肢もなければ、マイルドな言い方にもできず。  俺はいつだって考える前に口に出し、考える前に行動するのだ。  そんな俺を、いつもなら深瀬のような目立たないやつらや道行く大人たちは嫌い、怖がり、避けるものである。  なのに深瀬はそれでも楽しそうに俺をつれていろんな店を見て回り、なぜか俺ウケと自分が納得できるハイブリッドな商品を求めてウキウキしている。 「うーん。なぁ村田、これの赤はやっぱ俺にはむかないよなぁ」 「……深瀬」 「ん?」  俺はなんとなく立ち止まって、赤いニットを手に持つ深瀬を呼びとめた。 「どした?」  深瀬は不思議そうに俺を見つめ、キョトンと首をかしげる。  俺はじっと深瀬を見つめて、口を開く。妙に乾いた唇を。 「俺とこうして、お前は楽しいのか? 俺は連れにむかないと思うが。口数も少ないし、こうして相談されても気の利く言葉や言い回しを返すことができない。楽しめるトークも見込めないだろう」  純粋な疑問としてと、少し、不安。  深瀬はポカンと目を丸め、予想外と言わんばかりの顔をしている。  普段はそれでも気にしないんだ。  仲間たちは俺を好き勝手に連れまわして好き勝手にしているから、俺も好き勝手に動き思うがまま意見している。  だけどなんとなく、深瀬にそういう態度をとってつまらないやつだとか、ずうずうしいやつだとは思われたくない。  わけもわからず不安になっていると、深瀬は不意にニカリと笑い、少し背伸びをして俺の頭をわしわしとなでた。 「っ、おい」 「俺は割と、嘘を言わないストレートな村田の言葉が好きだよ」 「……っ……」  びくっ、と肩が跳ねる。  やめろと責める気だった全身が硬直し、これ以上動けない。  笑い混じりのその言葉を紡ぐ声が、やけに穏やかな色を付けて俺の耳に触れた気がして。  ニカリと咲く深瀬の笑顔が、痛烈に脳を揺さぶった気がして。 「そりゃあ素直に言わないほうがいいことはたくさんある。言われたくない人もいる。言うことで傷つけることもある。言い方がマズイこともある。なんでもかんでも正直にぶつければいいってもんじゃねぇっても思ってるしちゃんと知ってる。まるごといいとは言えねーよ」 「けど俺は村田の言葉なら受け止めたいから、俺にはそれでいい。ほら、無理に似合ってるなんて言われるほうが困るしさ。な?」 「俺はそんなお前とこうして買い物なりなんなりしてて、すっげー楽しい」 「だから、なーんにも気にすんな」  あれ──おかしい。  深瀬になでられた頭が温かい。熱いくらいに、顔に熱が集まる。  なんでもないように服へもどる視線。もったいない。  離れた手がひどく恋しい。ただの手なのに。自分にもついているのに。  そんな不可思議な感情を振り払うように、平静を装って雑に頭を振る。 「……深瀬」 「お?」 「お前はさっきから寒色ばかり購入している。確かに似合っているが、トーンを選べば明るい色も合うんじゃないか。着なれていないだけで、色モノも似合うと俺は思う」 「! そっか! へへ、じゃあやっぱこの赤ニットは買っちまおっかなっ。村田色の俺だと思えば悪くないしなっ」 「寝言は眠ってから言うといいな」 「ホント歪みないな」
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