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(side深瀬)
10月19日 PM08:32
時間が止まったのか。
そんな感覚を初めて味わった。実際には数分しか過ぎていない。そんな感覚だとどこかの本に書いてあった。
だけど頭の中でゆっくりと噛み砕いて、飲みこんで、身体にしみわたらせると──ああなるほど。
俺は悲観もなく、思いの他あっさりと事実を受け入れた。
目の前でブレず揺れず、真っ直ぐな視線で俺を貫くバカ正直な男。
──村田 薙徒。
炎と言うよりかは赤い絵の具に似ている真っ赤な髪がトレードマーク。
猛禽類を思わせる鋭い瞳に、真一文字に引き結ばれた唇。
異国の血が入っているのかと疑うすっきりとした鼻梁。
それらがバランスよく配置された端正な顔が百八十を超える適度に鍛えられた長身に乗った、文句なしの男前。
数日前。
そんな男が俺に付き合えと言った。どこかにじゃない。恋人としてだ。
ド派手な容姿にマイペースな行動から問題児だヤンキーだなんだと周りに一線引かれていても、本人は気にも留めていない。メンタル合金。
乱闘しているところを見たが、ケンカも恐ろしく強かった。
そんな男に「好きだ。付き合え」だなんて言われた俺は、当然絶対本気じゃねぇなこれ、と思った。
それと同時に、よっしゃッ! 役得だッ! とも思った。
そうだ、そうなんだよ。
俺は小学校のころから、村田のことが恋愛的に好きだったんだよ。
──あのちょっととぼけてていうなればバカで空気は吸うものだと自分のバカさ加減を何の臆面もなく晒す自分の気に入った人しか容量の少ない頭に入れない山乃中小学校一年二組出席番号三十八番の村田くんが大好きだったんだよっ!
自室のベッドで帰宅一番叫んだ言葉は、まぎれもない事実だった。
しかし困ったことにやっぱり村田は村田で、図体ばかりが大きくなっても頭の容量は変わらない。
俺に告白した村田は俺を見ていたが、きっちり〝深瀬 剛〟という人間を認識してはいなかったのだ。
だから俺は、きっと本気ではない、遊び半分の村田の遊びに本気で付き合うことにした。
というかあわよくばついでに俺を意識してくれればもうけと思っただけです。はい。彼氏ごっこサイコー!
俺はこれ幸いと、恋人感に浸りたくてしたかったことをした。
あのおバカ加減で下半身がユルいただれた村田にはピンと来ないらしく、初めはなにをしているんだ? と首をかしげていたものの、次第に同じようにしてくれるようになった。
『おはよ、村田。今日も昼休み行っていいか? 一緒に食べたい』
『おはよう。俺を食うな』
メッセージを送ると返事が来て。
『村田。昨日の深夜、俺の留守電に時間いっぱい妙にうまいデスボイスを録音したのはお前だな?』
『あぁ。声が聞きたかったんだろう? ほら、好きなだけ聞いていいぞ』
『デスボの般若心経を……?』
短い通学路を歩きながら他愛のない話ができて。
多少村田節が猛威を奮っていたが、遊びだったとしても、それでもこんなに幸せなら甘んじて受け入れる。
そう決意したのだ──が。
うおおお……っ! 俺にネタばらすってことは終わりかっ。寂しいなっ。
しかし罰ゲームだとう? 俺にとってはご褒美ゲームだぜコンチクショウめ。村田には悪いが続行したい!
俺はその何時間にも思えた数分で、簡易的に告られてから今までの走馬燈のような思いがぐるぐると廻った。
あれだ、俺の走馬燈。
言いたいことはこれだろう?
「俺はそれでも村田が好きだけど、問題ある?」
首をかしげてそう問うと、村田は表情変わらず目をパチクリと動かした。
「なにを言う。本当に頭がおかしくなったのか? 病院へ行こうか?」
「うん大丈夫。問題ないから本気で救急車呼ぼうとすんな」
心配そうにスマホを取り出す村田。
真剣に頭の心配をされたぜ。
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