千ちゃん

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「見るな。変態」  大きな声で、川中島は笑った。 「千さんにそんなこと言われたの、もう秋の陸上人生は終わりだな。千さんって言えば去年一年生ながら県の記録作った天才だろ。そんなスター選手に変態って、何を見たのさ」  帰り道、大きなヘルメットをかぶった川中島と自転車で並びながら、数時間前の話をした。そしてこうして馬鹿にされている訳である。 「見てないぞ。僕が見て居たのは、いつもの桜の木だ」 「でも、桜の木を見てるだけの人にそんなこと言うかな」 「いや、知らないけどさ。桜の下でストレッチしている人いるなぁって位には確かにみてたけど」  嘘である。  僕はこの時、彼女の事が気になっていた。 「でも、ほら秋はあまり陸上やる気ないし、良いんじゃない。まだ陸上人生始まってもないんだし」  汗を掻いた後の風は心地が良い。 「お前も始まってないだろ。僕と変わらない」  その日から、僕は毎週日曜日に通う競技場が楽しみに変わった。  朝は、早起きし、学校の誰より先に競技場へたどり着く様になったのだ。エリートだと言われる学校の練習を見つめる姿は、完全に不審者かストーカーだったと後々川中島に言われるのだが、当時の僕は、純粋に彼女に惹かれていた。  自分の学校ではやった事の無い、ハードなメニューを熟す佐藤千を尊敬していた。そして、あの練習はどれだけ苦しいのか、走り終わった彼女はどんな気持ちなのだろうかと、同じメニューを熟すようになっていた。  千のメニューを真似てから自分の部活での練習を繰り返す。朝も千達の学校が競技場で練習しているのを知ると毎朝僕は競技場に走りに行った。  夏の大会で優勝できたのは、そんな毎日のお陰だったのだろう。
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