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 佐藤千が高校卒業し、何処かに行ってしまった。陸上を続けると思われた彼女は日本記録を取り、勝ち逃げの様な形で陸上界から消えて行った。  元々、話したことも無い様な僕には、彼女が何処の大学に行ったのか、地元に居るのかさえも聞えてくることは無かった。  僕自身高校三年になり、自分の進路なんてものを考え始めていた。 「それで、二人は本当に結婚したんだもんな。僕はてっきりエイプリルフールに用意した嘘かと思っていたんだ」  三人で桜の下に座る。  既に花は枯れてしまっている。  昔からの腐れ縁である川中島米は、同じ部活動仲間の今井仁(ひとし)と結婚した。 「引退したからさ。受験勉強に専念するために結婚したんだ」 「うーん。僕にはお前らが何を言ってるのか全然分からないよ。よく親も許したもんだな。僕は学生のうちに結婚するのは反対なんだけど、もうしちゃったんだもんな。反対すら出来ないじゃないか」  仁は歯を見せて笑う。  何かと三人で要る事が多かったのは、僕が安全な奴だと仁が判断したかららしい。最初は川中島米と千歳秋は付き合っていると噂されていた。確かに一緒に居ることが多かったが、千ちゃん千ちゃんいつも言っている僕を無害だと認定したのだと、仲良くなってから聞かされた。 「ほら俺んち規則緩いからさ。米は親居ないし。祖母ちゃんたち喜んでたぜ」 「高校生がお土産にブランデーなんか持っていくからお祖母ちゃんもびっくりしてたけどね」  娘さんを僕に下さいを仁はやったのだろうか。お孫さんか。 「でも、良かったじゃん。幸せそうだし。あとは、受験上手く行くといいね。僕は千ちゃんが居なくて、千ロスから抜け出せないよ。千ちゃんカムバーック」  こうして三人でココに来ることももう無いのだろう。  高校生ながらに感じていた。  二人は春の大会で引退し、全国大会に行く自分だけが引退せずに残っている。走っていればいつか、千ちゃんが振り向いてくれると思っていた。  何もなく彼女は居なくなってしまったが。  ただ、走るという事だけが残った。  あっという間に夏が終わり、冬が来て、千ちゃんも居なく、川中島米も居ない毎日は退屈であっという間だった。楽しかったはずの部活の帰り道もまったく楽しくはなかったし、マネージャーは降られて気まずいという理由で部活を辞めてしまい。居心地が悪い一年間だった。  初雪の日だった。  その日は今井米の誕生日で、仁と共に祝ってやろうという事になった。サプライズというソレは高校生の二人ではケーキを贈るのが精一杯だろうと言う話になったのを覚えている。  そして、  そう、僕がケーキを買いに行った。 「駅前のさ、ショッピングモールの端にあるケーキ屋の割引券もってるから、コレ使えるからさ、10%オフでお得だぞ」  五百円ずつ出し三人分のケーキを買う。  プレゼントを用意しないのは、後で僕が帰ってから二人で誕生会の続きをするのだろう。こんな風に一緒に笑って学生生活を送れるのももう直ぐ終わってしまうのだと思うと、少し寂しい。 「誕生日のケーキが割引品だと知ると仁の嫁は怒るんじゃないか」 「怒らないだろ。浮いたお金で駄菓子でも買ってきてくれ。最悪余った金はお前の財布でもいいから、行ってこいや」  そんな風に仁は言った。  近所にもケーキ屋ならあるが、駅前の割引券が有るならば仕方がない。学生はお金が無いのだから、今井仁と今井米にとって自分は邪魔なのでは無いかと時々思う。結婚して春からは二人で一緒に暮らすという親友にとって自分は何が出来るのだろうか。  何かお礼がしたいと思っていた。  それでも、やはり、また僕がありがとうという事に成るのだった。  ケーキ屋はクリスマス前であり、あまり買いに来ている人も少ない。それでもショッピングモールと言う立地は程々に売れているのだろう。行き交う中にケーキ屋の箱を持ち歩いている人も見える。 「そう言えば、ここのケーキ食った事ないな」  独り言を言いながら、女の子を肩車した男の後ろに並び順番を待っている。  今井米は子供が欲しいと言っていた。最低四人は欲しいんだと、家族六人で大きなファミリーカーに乗って旅行に行くのだとか、既に夢が大人びている。  宇宙飛行士になりたいと密かに夢見る僕とは違う。  仁は喫茶店をやると言っていた。今も放課後様々な喫茶店に足を運び掛け持ちでアルバイトをしている。同じ年なのに、就職を選ぶ事に決めた二人と僕の進路は、違っていた。 「いらっしゃいませ」  鈴の音の様な声が聞こえた。  小柄な店員だった。名札には佐藤千と丸い文字で書かれていた。  僕は動けなくなった。
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