period1

5/25
前へ
/72ページ
次へ
ベッドサイドテーブルの引き出しの一段目から、飴玉が入っている小瓶を取り出す。蓋を開けて、中から取り出した飴玉を一口含んだ。 優しいリンゴの味がして、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。僕が過呼吸になった時に兄様が食べさせてくれた事があり、それ以来気分を落ち着かせたい時には必ず食べるようにしている。 「ごめんね、兄様。待たせて……本当に驚いて、ぼんやりしてしまったんだ。う……おめでとう兄様。兄様が選んだ人と会えるのを楽しみにしてるよ」 声が震えないように、慎重に言葉を選んで告げる。からり、ころりと口の中で転がしている飴玉が音を立てている。 くらくらと眩暈がする意識の中で、口の中の飴玉の味だけがかろうじて僕の意識を現実に縫い留めていてくれた。 それから気が付けば兄様との電話は終わっていて、だけど何を話したのかもう内容は覚えていなかった。 「や、だ……」 引き攣った声が零れると、途端に激しい恐怖が戻ってきた。口の中の飴玉はすっかりなくなっていて、ほんのりとした後味しかない。 「助けて、彰……」 硬く握りしめたままだったスマホを操作して、電話履歴の二番目にあった優しい幼馴染に電話を掛ける。こういう時、縋れる相手は彰以外に思いつかなかった。 幼馴染の彰は、家系が代々弁護士一家であり、彰も立派な弁護士だ。公の場に立つ機会もある企業向けではなく個人向けの弁護士だが、評判も良く、彰に弁護士になってほしいと依頼をするのは一般の個人のみに留まらず、企業を営んでいる著名人までも列をなす等、依頼人は後を絶たない。 彰の家系が代々営み、今は彰のお父様が所長を務めている事務所からは今は独立しており、兄様と同じ二十六歳にして個人の事務所を設立できる程の実績と手腕を兼ね備えた敏腕弁護士だ。 多忙な身である事は間違いなかったけれど、僕は彰が一度目の電話で出てくれる予感があった。 だって彰は僕の電話に出なかった事はほとんどない。あったとしても必ず一時間以内に掛け直してくれた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

485人が本棚に入れています
本棚に追加