第一章 大した問題ではない

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第一章 大した問題ではない

 大した理由ではないのだが、俺、恵比須大輔は転職してそろそろ一年経つところである。その記念に桃風子と薫風美がお祝いしようと言ってくれた。  その事を現在勤務している店の店長に自慢をしたら 「あんた何、水くさい事言っているのよ。そんなのウチのお店でお祝いしないと意味ないじゃない。お金をきっちり貰う分サービスするわよ」 「過剰なサービスはしないでくださいよ。人間、身の丈に合った生活とか、身の程をわきまえるとか色々あるのですから」 「いつもだけど、若いのに冷めているというか、悟っているというか。もっとハッスルして良いと思うわよ?」  まあ、そのうち。と、その辺りは曖昧な返事をした。  冷めたくて冷めているわけでも、悟りたくて悟っているわけでもない。あまり興味がないだけだ。 ―大した問題ではない  それが俺の口癖だ。  色々細かい事を省くと、俺には双子の兄がいて、そいつが死んだ事が原因である。  単純な話「無邪気でいられなくなったから」というありがちな理由だ。桃風子は隣の家に住んでいた女の子、薫風美は桃風子の年の離れた妹。薫風美は小さかったので、兄と俺と桃風子で遊ぶ事が多かった。兄の名前は雄輔、雄々しい名前だが病弱だった。子供にとって家から外の世界は誘惑が多い。公園にも行きたいし、散歩している犬には「こんにちは」と言いたいし、猫が通る狭そうな道にもついて行きたい。雄輔にはこれがとてつもなく体に負担をかけてしまうらしく、遊ぶのは家の庭までという決め事になった。  三人で遊ぶには家の庭は狭かった。俺は物足りなくなり、公園へサッカーやドッジボールをしに家から外へ出た。桃風子は雄輔とゆるやかに遊んでいた。桃風子には野蛮で粗野な大輔と、優しく穏やかな雄輔に見えただろう。双子で外見が似ている分、その違いはハッキリ出ていたと思う。  ある日、パタリと桃風子が遊びに来なくなった。  今まで俺が公園から帰ってくるまで、俺の家で雄輔と桃風子は遊んでいたのに、いないのだ。 「桃風子、今日は早く帰ったの?」 「今日は来てない。あ、違うな、一回来たのだがすぐ帰って行った」  雄輔と視線が合わない。目を細めて笑っているからかと思ったが、視線を合わせないようにわざと目を細めていたのかも知れない。  俺達は地元の共学の中学校へ進学する、予定だった。  桃風子が急に「私、女子校へ行く事にした」と言い出したのだ。理由を聞こうとしても、 「別に大輔に言わないといけない理由ないと思う。大した理由じゃないし」  桃風子もだ。桃風子とも視線が合わない。笑っていないが怒っている風でもない。感情が見えない。小学生の俺には分らなかったが、今は判る。俺が公園に行っている間に何かあったのだ。  俺だけが理由が分らないまま、雄輔は自宅療養、桃風子は女子校、俺は共学の中学校へと全員がばらばらになった。 「なんなんだよ! どいつもこいつも! 理由ぐらい言えよ!」  大輔に言う必要ない、大輔に関係ない、大輔に理由を言っても仕方ない(踏み込む事は許さない) 自分だけが蚊帳の外であるというハッキリとした二人の拒絶は、家が隣である分、当時相当ギスギスした。  しかし、子供の時の時間というのは、毎日が新しい事の連続であるため、そういうイヤな思い出はどんどん上書きされていき、すごい速さで薄れていった。家が隣だから辛うじて「そういえばそんな事もあったなあ」と思い出すだけで、だんだん「大した出来事じゃなかったかも知れない」と思うぐらいになってきた。
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