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第三章 チンチン電車の行き先
「さてと…」
もう一度SNSを開ける。璃偉子とは元上司の名前、俺が女装しているのは元上司の璃偉子が街をウロウロしていたという痕跡を残すため。完璧になりすましたいわけではない。
そういう遊びだ。
なりすます機会など一生ないことも想定していたが、まさかこんなに早く機会がめぐってくるとは。嫌いな奴の身振り手振りは「何かやらかすのではないか」とチェックする目になるので、真似ようと思うと想像以上に似てくる。嫌いな相手の事を恋するように、つい観察してしまうヤツだ。
過去の情報は、元上司が聞いてもいないのにべらべらと自慢げに話していたから、いくらでもストックがあり、どれもこれも中身の薄い情報なので肉付けのしがいがある。
元同僚からの情報で、広島の出張にもついて行ってみて良かった。
おかげで妄想がすごく捗る。
「今電車乗っていた人、例の新型ウイルスかも。もしも、りゐこが陽性だったら、ここで感染したと思うからみんな証言よろしくね」
送信はせず下書きに保存しておく。
(…今日は良い妄想シチュエーションだったな~、♪チンチン ♪チリンチリン)
しょうもない妄想はウイルスみたいなもので、単純であればあるほど広がりやすい。
アカウント名「妄想りゐこ」は嘘をついていないのがミソだ。元上司の璃偉子はネガティブな投稿が多かったが、俺は違う。ネガティブな事ばかり聞いているのは疲れる。SNSはネガティブをくだらない楽しさで、どう調理するのかが最高なのだ。
「府中焼き、最高~。え! 更に炙っちゃう? そんなの絶対おいしいやつ!」
写真を付けて投稿、妄想りゐこにイイね! がついていく。
本人よりも理想の本人になる遊び。ふぅぅ~! た~のし~!
―プシュー、××駅です。発車します。閉まるドアにご注意ください。
ゴトン、ゴトン、電車が発車する。
どこまで本当でどこから嘘でホラ話か分からない。
窮屈な世界から俺が出してあげますよ。
ふふ…へへへ…むにゃむにゃとチンチン電車に揺られている自分を想像しながら、璃偉子は最寄り駅まで再び眠る事にした。
家では息子達(妄想)が待っている。
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