第一話

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第一話

「くそったれ!!二度と俺の前に現れるな!」 この世の中、男と女しかいないからいけないんだ。 長い間葛藤してきた。 体は男なのに、好きになるのは男ばかり、それのなにが悪い。 ――まじかよ。 ――気持ち悪い。 通り過ぎながら吐き捨てる言葉を口にする男女。 別にいい、それでお前を苦しめたか? 暗いよねとこそこそ話す女たち。 うっせーよ、てめーら、みんな死ね。 死ね、死ね、この世の中の俺の敵はみんな死ね! 周りの奴らに気付かれないように過ごした学生時代。 だが大人になって一変した。 仲間がいる。 ・・・でも違った。 体だけなら俺じゃなくてもいいじゃないか。 それに気が付くまで、だいぶ時間が・・・かかった。 愛しても、愛されることなんかないと知った。 もう少しで四十になる、いい加減、生きることに疲れたなー。 走りつかれふと見ると行きつけの店、腹が減った。欲望は、数限りない欲の集まり、まずは食欲、扉に手をやった。 「ヘイ、いらっしゃい」 その声に、もう中へ入るしかないと足を踏み入れる。 「お疲れさん」 大将の優しい声。 美味い食事はさっきまでのどうしようもない気分を吹き飛ばしてくれた。 なぜか知っている人たちは優しく声をかけてくれる、こんな場所もあるのに・・・ 失恋した、数時間前。 今日は仕事も散々だった。 「お前何年この仕事してるんだ!」 ミスは年下、何で俺が怒られなくちゃいけねえんだと心の奥でそれをぐっとこらえる。 偏見なんて、何も言わなければ起きるわけなんかない、ちょっとしたことでそれが人前にでた時それが起こる、だから言わない、黙っていればいい。このまま死ぬまで。 「大将ごちそうさん」 「また来いよ」 「ありがとうございました」 大将と店員の声に癒される。 店の前で空を仰いだ。 「よし、次にかけよう、なーんて、神様、もしもいるんならさー、死ぬまで一緒に居られる彼氏くんねえかなー、いるわけねえか、今までも外ればっかりだし、でも俺けっこう律儀だよ」 そういってみた。 「約束は守ります、独り者の俺に愛の手を!なーんてな―、飲み過ぎたかなー」 星の見えない空、大きな看板の明かりがむなしく目に入る。 神様なんて・・・下を見た、しみったれたシワシワの履きつぶした靴。 上を見上げた。 さて、帰って寝るかー。 数日後、会社の出先からの直帰で、駅までの道を確かめるように歩いていた。何度か通いなれた道なのに、その道を通るのが嫌で、違う道を探していた。 「何あれ」 「パフォーマンス?」 くすくす笑いながら通る人たち、ビルの下、ちょっとしたでっぱり、植木に隠れるように人が丸くなっていた。 浮浪者か…別に珍しい事じゃない。 拾ってください。 段ボールに書かれた文字。 若い男が二人来てからかう。 それを見ていきすぎる人も足を止める。 「拾ってやるよ」 その声に足を止めた。 「俺らのゆうこと聞くんだよな」 拾ったからには従順に主のもとにいること、何が何でも言うことを聞かなきゃいけない。 髪の毛をつかまれぐっと顔をあげられた。 男だ。ほー、いいつらしてるのにな、幼く見えた。 何かを抱いている、犬?猫? 大の男二人、離せとも言えないのか? 「拾ってやるから、いい思いさせてくれるまでおいてやるか」 「売っちゃってもいいしな」なんて言ってる。 スマホでそれをとっている若者たち。 なんだかな? 目の前を悠々と一匹の猫が通り過ぎた。 なぜかみんなの目線が集中した。 茶色い縞柄の猫、結構でかい。 そいつがみんなのいや俺のいる方を見たような気がした。 「ナ~」 一声で、みんなの視線がその猫に集まったんだ。 俺のじゃないぞと一歩足を下げた。 ピピピー! ふいに笛の音がして俺はその音の方を見た。 たぶんみんなもつられるように見たんだと思う。 「君たちは何をしてるんだ!」 警官?警備員だろうか?男の子は逃げた。若い男たちも逃げる、そのあとを追う男達。 歩いているのは足を速め、その場に誰もいなくなった。 ただぽつりと段ボールだけが残っていた。 拾ってください。 やけにその文字が心に残った。 九月とはいえ、そろそろ木枯らしが吹いてくる。半そでの薄着、あの子はなんであそこにいたのだろうか?若いような気がしたが…なんて考えた、今だけですぐに忘れるよな、別に関係ないことだ。 人が足早に歩く、その波に乗り、一人、誰もいない家へと帰る。 なんだか昼間あの猫を見てからだろうか、なんだかあちこちに結構いるなと思いながら猫ウオッチング。 するといつも気にしていないのかペットショップが目に入った。 い、癒しだ。 「いらっしゃいませ」 う、うれしいかも、好みの男性店員だ。 「みゃー」 ん? 足元に一匹の猫がすり寄ってきた。 こい茶色のブチ猫。 「あ、こら、お前!」 猫に手を出す店員 「かわいいな」 「すみません脱走しやがって!」 いや猫じゃなくて、君の事だよ、なんて言えるはずもなく。 抱いている猫、売り物ですかと聞いたら、もう、こいつは売れないんです、年をとりすぎてと言う。 なんだか俺みたいだな。 抱かれる猫を見てそう思ってしまった。 てし。 「こ、こら!」 猫パンチならぬ、慰めてくれたのか、猫の手が鼻の頭にのった。 「引っかかれてませんか?大丈夫ですか?」 と慌てる店員、イヤー、大丈夫だから。 彼から目が離せなかったのだ、眼福。 なんだか気分がよくて、そのまま帰ってしまった。 エレベーターを降りると、そこには、明らかに女装した男性。 「こんばんは」 「こ、こんばんは」 声なんかかけたこともないし、このマンションにこんな人がいたなんて知らなかった。 にっこり笑う人、その中に動くものがいた。 「犬ですか?」 「変わってるでしょ、猫ちゃんなのよ」 長い毛を分けると猫だ、へーこんなのもいるんだ。 おやすみなさい、と頭を下げた。 「ねえちょっと」 名刺を出してきた。 「駅前でお店やってるのよかったら来てね♡」 スナック?乙女の男と書いてその上におとこのことかいてある。 顔を上げるとエレベーターに乗り手を振っていた。 なんだかおかしくて、今日はいい日だったな、なんてそんな事で人の気持ちってあがるんだなと思った。 「あげ、あげー、ひゅー!」 なんて言いながら部屋に入った。
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