アタマのタマゴ

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 エドガンの卵は、平均サイズの横向きで、桜色をしていた。彼の母親は息子と卵どちらも可愛がり、息子の成長と共にどんなモンスターが生まれてくるかを待ち望んでいた。  が、息子自身は違った。物心ついた頃から、卵の色が桜色であることがどうも気になった。やがて幼稚園に通うようになり、同じ年頃の子の卵を見る機会が増えると、彼らと比較してますます卵に嫌悪感を抱くようになった。  自分自身が思っているだけならまだ良かったが、そうもいかないのが子どもの残酷なところ。ある頃から、女の子みたいな色だ、と同級生らから馬鹿にされるようになった。エドガンは自分の感じていた嫌気はそれだったのだと納得すると共に、馬鹿にする友人らも、自分の卵も、そんな卵をのせて生まれてきた自分自身でさえも腹立たしかった。  卵を外そうといろいろ試みるも、科学者たちが口を揃えてそれは無理だ、と言った通りになった。頭皮と完全にくっついていて取れない。叩き壊そうとしたこともあった。しかし卵にも神経が通っているので、当然痛い。脳味噌を包み込んでいる骨に電撃が走っただけ。もう二度とやらないと彼は誓った。  そこからは辛抱の日々だった。孵化するのを待つのだ。  卵が孵化すると、モンスターが生まれると共に殻が頭から剥がれ落ちる。卵の中の神経が腐り、頭の上から卵が完全に消えさるのだ。卵が孵化することが、大人への一歩のような気がして、そんなことからも子どもたちは孵化を待ち望んでいた。  エドガンが九歳になって少しすると、同級生たちの卵がどんどん孵化していった。土の精霊『ノーム』、風の精霊『シルフ』など、モンスターも様々だ。モンスターは自我を持って生まれてくるが、人間の神経が通った卵に包まれているので、基本的には卵をのせていた人間に従順だ。この国ではモンスターが当然のように家族になる。そしてモンスターありきの生活になる。モンスターの種類によって、卵をのせていた子どもの進路も決まるといっていいだろう。  エドガンの卵が孵化したのは、彼の十歳の誕生日から三日過ぎた後だった。 「はっ」  頭のてっぺんがむず痒い。頭部の体温が上昇している。痒い部分に手を伸ばしてみると、いつもツヤツヤしていた卵の表面にヒビが入っていることが分かった。いよいよ来たか、と思った。  エドガンは姿見鏡に走った。鏡の正面に立ち、前屈み気味に卵を見る。ヒビは卵の真ん中から垂直方向に入っていた。今まさに見ている間にも、ヒビが深くなっていく。 「おぉ……」  あんなに嫌厭(けんえん)していた桜色の卵。いざ孵化の瞬間になったら、気分の高揚を隠せない自分がいた。鏡に映る顔が、期待の色でいっぱいだ。彼の目は輝き、頬は卵の色に近付いた。  『ノーム』か、『シルフ』か、または泥人形の『ゴーレム』か。それとも火の精霊『サラマンダー』か。水の精霊『ウンディーネ』もいい。エドガンは友人たちの相棒になったモンスターたちを頭に思い浮かべていった。できればカッコイイやつがいい。馬鹿にされてきた分、見返してやりたい。 「……あっ!」  いよいよ卵の大半が割れ、中からモンスターが出てくるらしい。エドガンは鏡の中と実物――どれだけ黒目を上に向けても前髪しか見えないが――の卵とを交互に見た。  卵の割れ目から、紅色の物が見えた。卵も桜色なら、中も同系色か、とエドガンは眉をひそめた。だが紅色をしたモンスターは、彼の脳内モンスター図鑑に存在しない。  割れ目から見え始めたのは鼻だった。鱗に覆われ、ワニに似た長い口。鼻の穴は真っ黒だ。やがて爬虫類のような顔が露わになった。角が生えているのも見える。そのモンスターは、鋭い牙が生える口を開け、高い声で「ギャア」とひと声鳴いた。 「えっ……!?」  割れた殻の破片がバラバラと落ちてくる中、エドガンは目を疑った。色ではヒットしなかった脳内モンスターズ図鑑で、容姿を手掛かりに再検索をかける。すぐにあるモンスターがヒットした。 「まさか、ドラゴン!?」  エドガンがその名を口にしたことを肯定するように、紅色のモンスターがもうひと鳴きした。強大な力を持ち、時には恐れの対象とされる爬虫類状の生物。身近にドラゴンが孵化した人は見たことがない。  それが、ボクの卵から――  心臓が高鳴った。相棒がドラゴンとなれば頼もしい。鼻が高い。自慢できる。  早くドラゴンの身体に触れたいと思った。鏡を見ながら、頭の上に両手を延ばす。  その時、卵の殻が全て落ちた。 「……あれ?」  鱗に指先が届くのと、違和感を抱いたのはほぼ同時だった。  エドガンの思うドラゴンは、コウモリのような翼を持って空を飛び、口から炎を吐く、雄々しい姿。その象徴とも言える翼が、ない。  鏡越しに見ているから、角度のせいで見えないのかもしれない。身体をひねってみる。見えない。  恐る恐る紅色のドラゴンを抱き、胸の前に持ってきた。鱗は想像よりゴツゴツしていて、それでいてツヤツヤだった。鷲のような前足と、獅子のような後ろ足、先の尖った長い尾。だが、翼はやはり、ない。これではドラゴンと自慢できない。トカゲような生き物。火の精霊『サラマンダー』のくくりと言えるだろう。 「そんなぁ……」  大袈裟に肩を落としたエドガンの顔に、ドラゴンもどきは、いたずらっぽく笑いながら小さく炎を吐いた。  
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