アタマのタマゴ

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 また三年が経った。ヒリュウは相変わらずエドガンの頭の上にのっている。エドガンはヒリュウをのせていても辛くない身体を作ろうと、学校の授業以外でも身体を鍛えるようになった。  元々モンスターが街中を闊歩するこの国では、幼少期より武術も学ぶ。人間の頭の卵から生まれてくるモンスターたちは、単純計算で、十歳以上の人間たちと同等数存在することになる。モンスターたちの寿命も個別に違ってくるので、厳密には違ってくるが。  休日、居間でエドガンが身支度をしていると、仕事が休みの彼の母親が声をかけてきた。 「エドガン、今日も自主練習に行くの?」 「うん。天気がいいから河原でランニングと素振りでもしようかって、ヒリュウと」 「おぅ。エドガン、また速くなったんだぜ?」 とヒリュウが頭の上で言う。 「でもやっぱりヒリュウは速くならないね」 「うるせぇ」  いつものように言い合う息子とその相棒をダイニングテーブルに座って見つめながら、母親は微笑んで言った。 「お父さんもエドガンと同じだったわ」 「「え?」」  エドガンとヒリュウは同時に母へ首を向ける。 「お父さんも、今のエドガンと同じように、良く相棒と一緒に訓練へ出かけていたわ。お父さん、街の警備の仕事をしていたしね、身体を鍛えることも仕事の一環だったの」 「お父さん……どうして死んじゃったの?」  それはエドガンが、十年近く前に一度してから、再び聞くことは無かった質問だった。父親の七回忌から。  過去のその日の母の答えはこうだった。 『お父さんはお父さんの大切なものを守って死んだのよ』  そう答えた母の涙をこらえる顔を見てエドガンは、もう父の死の理由は問わない、と決めた。母にそんな顔をさせたくないと、子どもながらに思った。 「またいつか、あんたにそう聞かれるんじゃないかと思ったよ。想像より早かったけどね」  今、目の前の母の顔は穏やかなままだったので、エドガンはホッとした。父に関する質問が禁句だったのではないかと、つい口にしてしまったことを悔いていたからだ。  一度、目を伏せてから母は言った。 「……あんたのお父さんは、相棒を助けようとして死んだんだよ」 「えっ……」  ヒリュウがダイニングテーブルの上に下りたって腹這いに座るのを待ってから、母親は語ってくれた。  父は仲間たちに頼られる篤実な人間だったこと。その日も普段通り、相棒と一緒に警備と訓練へ出掛けたこと。街の一角で土砂崩れが起きて、父たちも救助隊としてかり出されたこと。二次災害で崩れた岩の下敷きになった相棒を救おうとして、父自身も落盤に巻き込まれたこと。一部始終を見ていた父の仲間によって報告を受けただけで、母や父とその相棒の亡骸を見られなかったこと。エドガンはまだお腹の中だったが、いつかは彼なりに理解してもらわなければならないと思い、父の死をどう伝えるか悩んだということ。その夜、母は一人泣いていたこと―― 「……」  母の話が終わると、エドガンはゆっくりヒリュウの方へ首を向けた。ヒリュウは沈んだ空気を察した上で敢えてニヤニヤ顔を作った。 「何だよ、エドガン。オレが死ぬと思ってんのか? しかもお前を巻き添えにして」 「いや……そうじゃないけど……」 「安心しろ。オレはヘマしねぇよ。さ、訓練に行こうぜ」 「うん……」  その後、母もまた、父のことは気にしない方がいい、街の整備が進んで土砂崩れも減ったのだと、エドガンを励ました。が、十五歳の彼にはもやもやした気分だけが残った。無理矢理ヒリュウに外へ連れ出されても、訓練には身が入らなかった。短距離走ではヒリュウに負けてしまった。  
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