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去ってゆくセルンの背中を見つめていれば、じわじわと切ない感情が胸に芽生えはじめた。
……なに、これ。
ま、まさか……セルンを本気で意識しはじめているのか?
ふいに胸がざわめいた。
いや、だめだ。それだけはだめだ!
だって、いくら私の精神年齢とセルンの年齢が近いとはいえ、いまの年齢を考えれば普通に相手にされないことは明白だもの。セルンを思いつづけても結ばれることはない。
実は前世の記憶を持っていて……なんて馬鹿なことは言えない。言っても私の身体が幼いことに変わりはない。結局、これは無意味な恋だ。うぅ……。
もしかして無意識のうちにセルンを意識してしまったから、セルンをロリコンだと怪しんでしまったのかも。
ああ、本当にそうならなんと惨めな……。
「……もし」
一人でガックリとしていれば、いつとはなく目の前に誰かが立っていた。
顔を上げると、そこにはしかめ顔のニロがいた。
王子……! また怒りにきたのか……!
慌てふためいていると、ニロに険しい眼差しを向けられた。
王子の顔が怖いよどうしよう……。と、とりあえず謝罪でもしようか。
「申しわ──」
「──不要だ」
頑張って口を開いたがニロに遮られた。
さっきからずっと私の目をジロジロと見つめてくるけど、なんでなの?
(顔は怖いけど、一応許してくれた……ってこと?)
そう思いつつ、ひどく焦りを覚えていれば、突然ニロが呟いた。
「そうだ」
そうだって何……?
きょとんとしていると、ニロに両頬を包まれてクイッと引きよせられた。
今度はなに?!
「目だ」
……目?
なにが言いたいの? よくわからないよ……。
謎めいた発言にひどく困惑していると、ニロが再び口を開いた。
「ふむ。どうやら、お前の目から思考が聞こえてくるようだ」
(え、思考⁇)
「余もわからないが、なぜかお前が口に出さなくても伝わる」
混乱している私にニロは真顔で説明した。冗談をいっている……わけではない?
(伝わる? 汲み取る……ってことなのかな?)
「汲み取りではない。鮮明に聞こえるのだ」
(聞こえる? いや、嘘でしょう……)
「嘘ではない」
(……)
どう反応すれば正解なの?
あまりにも荒唐無稽に聞こえたので、一瞬だけ思考が停止してしまった。
「なんだ。余の言葉を信じてはくれないのか……」
とニロは少し不安げな顔をした。
(い、いいえ、そういうわけではなくて……ってあれ?)
そういえば、さっきから一度も口を開いてない。それなのに、普通に会話できた気がする。
うそ。
もしかして本当に心の声が聞こえるのかな……?
(も、もしもし……?)
こっそり心の中でそう囁いてみた。
「……もしもし」
呆れたような顔だがニロが答えてくれた。
(本当に聞こえてる……! すごい、信じられないわ!)
これが <タレント> ってやつか!
私のしょぼいタレントとちがって素晴らしいわ。
これぞ『超人的能力』よ!
興奮してニロの手を握った。
(本当にすごいわ、殿下! これも聞こえるでしょう? 不思議だわ!)
「……ふむ」
とニロは少し頬を赤らめた。
これなら唇が固くても、会話を楽しめる!
夢のような出来事に感動してさらにニロの手を握りこんだ。
(目から思考が聞こえるって言ったわね? だからさっきからこうやって私の目を見つめてたのね。なるほど)
嬉しそうに情報を整理していれば、ばっとニロが眉を寄せた。
……うっ、怖い。
(も、申し訳ございません! つい興奮して敬語を忘れてしまいました……)
浮かれて普通の口調で話しかけてしまった。これでまた王子を怒らせてしまったらどうしよう……。
あたふたしていれば、ニロは困った素振りをみせた。
「……敬語ではなく、お前の手」
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