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掃除道具がないのでピカピカとまでいかないものの、塔の中はだいぶすっきりしてきて、気持ちも少し楽になった。
「……ん?」
「?」
ニロがなにかを発見したらしい。
そばに近より、穴を覗きこめば、蝋燭に淡く照らされた壁に絵のようなものが見えた。
(これは……落書き?)
木炭で描かれたそれは女性のような形をしている。が、子供が描いたのか、かなり中途半端だ。
「……さすがに不敬だな」
ニロは眉をひそめて、袖の端でそれを落とし始めた。
普段から宗教に興味がないのに、壁の落書きを見て怒る。どこまでも真面目だね、ニロは。うふふ。
ニロの横顔を眺めるだけで、ポカポカと胸があたたかい。
「ふむ。これでよかろう」
僅かに黒い跡を残す壁を見て、ニロは満足げに微笑んだ。
(あ、待って、ニロ。顔に炭が移ったわ)
「構うな、フェーリ。手拭いが汚れるだけだ」
(いいよ。じっとしてて)
「…………っ」
そうしてニロの顔を拭っていると、その頬がじわじわと赤みを帯びてきた。力を入れすぎたのかしら?
(痛い? 大丈夫?)
「……ふむ。心配ない」
と返されたが、心なしかさっきよりも顔が赤い。
やはり痛いのかな?
戸惑う私の手を取り、ニロが口を開く。
「……近頃、お前と一緒にいる時間を作るのに精一杯で、気づけば会話を交わすことも少なくなったな」
そういえば週に一度は会えるけれど、いつもニロは疲れて寝ていたわ。
(仕方ないよ。ニロは公務で忙しいから、会えるだけで嬉しいわ……ん?)
「……フェーリ」
まだ話の途中なのに、ニロは私の頬に指を滑らせて、顔を近寄せてきた。揺れるその銀眸は少し艶っぽくみえる。
いつしかニロの外見がもう立派な大人になったね、なんて思っていた時、唇に熱い吐息がかかった。
ちょっと待って。
なんだか顔が近い、すごく近い……。
え、もしかして──
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