【南の国編】 41. 影絵芝居

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 掃除道具がないのでピカピカとまでいかないものの、塔の中はだいぶすっきりしてきて、気持ちも少し楽になった。 「……ん?」 「?」  ニロがなにかを発見したらしい。  そばに近より、穴を覗きこめば、蝋燭に淡く照らされた壁に絵のようなものが見えた。 (これは……落書き?)  木炭で描かれたそれは女性のような形をしている。が、子供が描いたのか、かなり中途半端だ。 「……さすがに不敬だな」  ニロは眉をひそめて、袖の端でそれを落とし始めた。  普段から宗教に興味がないのに、壁の落書きを見て怒る。どこまでも真面目だね、ニロは。うふふ。  ニロの横顔を眺めるだけで、ポカポカと胸があたたかい。 「ふむ。これでよかろう」  僅かに黒い跡を残す壁を見て、ニロは満足げに微笑んだ。 (あ、待って、ニロ。顔に炭が移ったわ) 「構うな、フェーリ。手拭いが汚れるだけだ」 (いいよ。じっとしてて) 「…………っ」  そうしてニロの顔を拭っていると、その頬がじわじわと赤みを帯びてきた。力を入れすぎたのかしら? (痛い? 大丈夫?) 「……ふむ。心配ない」  と返されたが、心なしかさっきよりも顔が赤い。  やはり痛いのかな?   戸惑う私の手を取り、ニロが口を開く。 「……近頃、お前と一緒にいる時間を作るのに精一杯で、気づけば会話を交わすことも少なくなったな」  そういえば週に一度は会えるけれど、いつもニロは疲れて寝ていたわ。 (仕方ないよ。ニロは公務で忙しいから、会えるだけで嬉しいわ……ん?) 「……フェーリ」  まだ話の途中なのに、ニロは私の頬に指を滑らせて、顔を近寄せてきた。揺れるその銀()は少し艶っぽくみえる。  いつしかニロの外見がもう立派な大人になったね、なんて思っていた時、唇に熱い吐息がかかった。  ちょっと待って。  なんだか顔が近い、すごく近い……。  え、もしかして──
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