【南の国編】 41. 影絵芝居

10/15
前へ
/308ページ
次へ
「だめ、なのか……?」    恥ずかしくて、つい無言でいると、再びニロの声が響いた。  はじめから戸惑うことなんてないのに、すぐに返事が出なかった。おずおずする自分をここまで嫌だと思ったことはない。もっと素直になれと勇気をふりしぼり、声を出した。 「ダメ、じゃない……」  もじもじと手を差し出せば、ニロはホッとしたように熱い息をこぼした。  うっ、震えが止まらない……。  瞳を絡ませあい、二人の指先が触れる。  とたん、ピリッとした甘い痺れが背筋を駆け抜けた。 「…………っ」  静電気……?  息を呑み、思わず手を引っ込めようとしたけど、がしっとニロに掴まれた。見あげれば、そこには堪え難そうな表情があった。 (ニロ……?)  動揺する私をみすえたまま、ニロの喉が動いた気がする。 「……すまない、フェーリ。……ちと、だけ…っ」    そう呟いたニロの目元はほんのり(あか)く染まっていた。 (ちょっとって、なに……)  ニロは返事をせず、ただ桃色の唇を甘噛みして、距離を迫ってきた。  心の中で予想がつき、罪悪感と期待に胸が躍りだす。  うそ。でも、そんな……。さっき、約束したばかり、だから……。  じぃと身をこわばらせていれば、鼻先にニロの唇が触れ、チュッと小さな水音がなった。  あれ? と目をしばたたかせる私をみて、ニロは甘く微笑んだ。 「フェーリ。あいし──」 「──うわぁあ! お化け(ベイサ)だ!」 「ええええっ!!」 「!」  ニロの声をかき消すように、塔の中に悲鳴がかちあった。驚いてすっくと立ち上がると、目の前にはわなわなと震える小さな人影が見えた。  小麦色の肌。地元の子供たちなのかな……?   呆然と彼らを見つめていると。 「うぁああ……! もう二度と壁に落書きしないから許してぇ……!」    男の子が鼻水を垂らしてそう叫ぶと、後ろにいる女の子もポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。 「嫌だあ! ベイサの島に行きたくない……!」 「飴さんあげりゅから……連れて行かにゃいで……うぇーん」  と一番幼く見える男児がひっくひっく泣き出した。  ベイサ……これは南に伝わる怪談の一つで、悪戯っ子を死者の島へ連れて行くお化けのことだよね。白い顔で手を長く伸ばせるから、先に逃げ出した子から捕まれると本に書いてあったわ。
/308ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加