5. 予感

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 今後余計なことを考える時はちゃんと目を閉じよう。  そう決めてから再びニロの目に視線を動かした。 (……ありがとう、ニロ) 「よい。お前のおかげでただの噂だと分かったゆえ、余も安心したのだ」  私のお陰で安心した?     どういうことだろうって、聞いてもいいのかな?   口調からしてニロはいい人みたいだし、普通に教えてくれそうだけど、どうだろう……。  よく分からず戸惑っていると、なにかを察した風でニロは眉を八の字に下げた。 「そうか。お前は知らなかったのか……」  いまの考えが届いてしまったようだ。 (う、うん。噂されているところは見たけど、内容はさっぱりわからなくて……) 「そうか。なおさらお前に悪いことをしたな……」 (ううん、私はもう気にしてないから全然いいよ。それで、あの、どんな噂か、聞いてもいいかな……?) 「ふむ。いずれ耳に入るだろうから別によいのだ」  ニロは私から目を逸らすことなく淡々と続ける。 「見てのとおり余の瞳は変な色をしている。それゆえ余の瞳を直視すれば死ぬと昔から噂されてきたのだ」  目を直視すれば死ぬって、そんな……!   昨日から私はずっとニロの目を見てきた。  私のおかげで噂だと分かったとはそういうことだったのか……っ (ひどい……っ!) 「その通りだ。余はお前にひどいことをした……」 (そうじゃなくて! 一番の被害者はニロだよ! なんてでたらめな噂なの、本当にひどいわ!)  ニロはまだ子供なのに、こんな噂……ひどすぎる!   思わず拳をにぎると、ニロは目を大きく見張って固まってしまった。  驚かせてしまったのね……! (ご、ごめん……!)  慌ててそう謝ったが、その前にニロが目をつむってしまい、言葉が届かなかった。  ああ、やってしまった。  被害者だなんて、私が偉そうに言える立場ではないのに、ニロの気分を害してしまったのかな……?  かたずを呑んでじっとするニロを見つめていれば、 「……かたじけない」  そっと瞼を開けて、ニロが微笑んだ。  愛らしい笑顔……じゃなくて、怒ってないみたい! よかった……。 (私も表情動かせないからさ、分かるというか……)  変な噂はまだ立っていないようだけど、苦労はそれなりにある、と思う。まあ、ニロと比べられないだろうけれど……。  視線をそらしつつそう思ったところ、「そうなのか?」とニロのやや意外そうな声が耳に飛びこんだ。 (うん) 「お前もそうか……。なら余の仲間だ」  そう囁いてニロはニッコリと口元をほころばせた。  やはり笑うと可愛いらしい子だ。  優しい色を浮かべた銀色の瞳は光を反射して、一瞬輝いてみえた。  綺麗だ……。 「何がきれいだ、フェーリ?」  ニロに気づかれてしまい、かぁと顔が火照る。 (ううん、何でもないの……!) 「嘘は感心しないぞ」  子どもに怒られた。  うぅ、と小さく唸ってから、観念してニロの目をみた。 (ニロの目だよ。昨日から綺麗だと思ったの……)  予想外の答えだったのか、ニロがぱちぱちと目を瞬かせた。  それから睫毛を伏せて、ニロが黙りこくった。  ニロは瞳のせいで苦労したのに、綺麗だと褒めるなんて非常識すぎる。  怒らせちゃったかな……? 「……そういえば、昨日の詫びとしてお前にケーキを用意したのだ」  ややあって、ニロがゆっくりと目を開けた。いつも通り平然とした口調だが、その顔はほんの少し桃色に染まっている。  気を使って話題を変えてくれたみたい。  9歳なのに大人っぽいわ……って、   (──け、ケーキ……⁈) 「? ……どうした?」 (そのケーキって、甘い、かな〜、なんて……)  遠回しに言っても通じないだろうな……そう思ったのに。 「なんだ、甘いものは苦手か?」  ニロはわかった風でそう言ってきたのではないか! (え?! 分かるの?) 「なんとなく」  この世界に転生してから、いくら婉曲に断っても伝わらなかった。  それなのに、ニロはすぐ気づいてくれたんだ。これは嬉しい……!  ぽぅっと感動していれば、ニロは「ふふふっ」と可笑しそうな風で笑った。 「安心したまえ。今日用意したケーキは甘くない。余も甘いものが苦手だ」 (本当? ならいただくわ!)  なぜだか分からないけれど、やはりニロとは親近感をおぼえる。  先ほど <仲間> と言ってくれたからかもしれないけれど、なによりその礼儀正しさ、そして心遣いのできるところ!   素晴らしい〜  9歳にしてはできすぎね。  まるで日本人みたい。なんてね、うふふっと浮かれつつ、ケーキを一口食べた。  クリームを舌の上にのせると、ふわっと口の中に香ばしい紅茶の香りが広がった。 (んー! 本当だ。全然甘くない。おいしいね〜!)  満足げにコクコクうなずいたが、目の前のニロはギョッと目をむいていた。  もしかしてケーキのリアクションを間違えた……?   ぎくっと身を震わせたところ、ニロが驚愕したような声を発した。 「……フェーリ。お前はなぜ <日本人> を知っているのだ?」 「──え?」  いつもなら重たい唇が妙に軽くなって、変な声が漏れてしまった。
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