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6. 芽生えた気持ち
********【ニロ・ブルック・ジュリアス】
「おはようございます、ニロ殿下」
「おはようございます、王子」
「おはよう。エリック卿、キウス」
宴会が終わり、城内は静けさを取り戻した。
石畳の廊下の外には、余の教師であるエリック卿と騎士長のキウスの姿があった。
そうして部屋から出るや否や、エリック卿はさっそく余に声をかけてきたのだ。
「ニロ殿下、本日は早いお目覚めですね、良く休まれましたか?」
「ふむ、いつも通りだ」
「それは何よりでございます」
そう言いつつエリック卿はキウスに薄笑いをみせた。
また朝早くから始まってしまった……ふっ。
余の世話まわりは従来、貴族らに任されている。それゆえ文家のエリック卿も武家のキウスも貴族である。
しかしこの通り、2人は文武という異なる派閥の貴族だ。
こうして対立する両家に挟まれて、日々が不和で息が苦しい。
なにより未来の王である余の関心を奪おうと必死すぎる。
……まぁ、実際に必死なのはエリック卿だけだ。
もう片方のキウスは、まるで父親の操り人形のように、ただただ茫然と余のそばに控えているだけ。
余に対して滅多に感情を表すこともなく、いつもぼーっとしている。
正直2人の不仲に疲れている。
とはいえ、エリック卿は余の教師で、子供の頃から世話になっている。恩義があるゆえ切り捨てられない。
他方でキウスの父親、セデック伯爵は多大な軍事力を有している。
そしてキウスは4年前、 16歳という若さで騎士長の座に上りつめた逸材。剣の鬼才と称されるタレント持ちだ。
余の護衛と剣技指導を担当するのにキウス以上の適材はいない。
このキウスの活躍で武家派閥の権力がどんどん広がり、文家のエリック卿は相当焦っているようだ。
不必要な権力争いに参りそうだが、同時に変な噂にもかなり苦労している。
余の目を直視すれば死ぬ。
そんな根拠もない噂を信じてはいないが、日ごろから恐怖に満ちた表情で避けられるうちに、もしや本当なのかもしれないとつい疑心暗鬼になったのだ。
無理して余に近づくものは、何かしらの見返りを求めている。
弱音は弱点だ。
ゆえに疎外され変な噂がたっても、余は黙って耐えるしかなかった。
1人でもいいから、信用できる仲間さえいれば……。
切実にそう思っていた矢先、小さな女の子と出逢った。
宴会の場で、コソコソと余の噂話が囁かれている中、彼女は堂々と余を見つめてきた。
警告のつもりで注意したのだが、まったく動じないその顔に激しい怒りを覚え、積もりにつもった鬱憤が爆発してしまったのだ。
前世の教えである <義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義> をもとに余は一度生涯を閉じた。
この世界においても、同じように振るまうつもりであった。
それなのにあんな小さな子どもに八つ当たりするとは。まことに情けない。
誠意をもって彼女に謝罪する。
そう決めたから、今日はエリック卿の茶番に付き合うつもりはまったくないのだ。
「ニロ殿下。今日の予定ですが、朝から国の歴史に関するお話からはじめましょう。この80年間文家がいかに王国のために身を粉にして献身的に──」
「──すまないがエリック卿。歴史の話は明日にしてくれないか? 今日は訪れたい場所があるのだ」
エリック卿の長い話がはじまる前に彼を遮った。
いつも同じ話ばかりでつまらない。
「……殿下が訪れたい場所、でしょうか?」
城から出かけたがらない余の急な発言に、エリック卿とキウスが驚いた素振りをみせた。
まあ、キウスはよく分からない様子で首をひねっているだけだが。
「……ニロ殿下、よろしければわたくしも同行させて頂けますでしょうか、わたくしも丁度ドナルド様に用事がございまして」
コンラッド家に行くと伝えれば、エリック卿は安堵した表情を浮かべてそう言ってきた。
ここまでして余に付きまといたいのか……。
「……文家同士の挨拶か、よかろう」
断ってもしつこく願ってくるだけであろう。
「感謝します、殿下」
と頭をさげるエリック卿から、キウスのほうに視線を移した。
「キウス、不要と言っても其方はついてくるであろう。ならば余がいつも食するケーキを用意したまえ」
「畏まりました、王子」
武家の操り人形であるキウスを嫌っているわけではない。
なにせキウスも余と同様、無駄な権力争いに巻きこまれたただの哀れなものだ。
できればエリック卿の目の敵にして欲しくはないのだが、それは当分叶わない願いであろう。
9才とまだ幼い目には鮮明すぎる、欲にまみれた権力争い。
この国はなんて醜いものであろう。
……いや、それは少々違うな。
根源は前世の記憶をそのまま受けついで生まれた余にあるかもな。
そう思いつつ、馬車に乗った。
フェーリ・コンラッド。
昨日あったばかりの少女に不思議と惹かれていた。
喜怒哀楽を感じさせない面持ちとちがって、その瞳から伝わる感情の起伏が激しく、生き生きとしていた。
──【人は見かけによらず】
余のことをそう思ってくれたようだが、それはお互い様ではないか?
異なことをいう子だな。
「……ふふっ」
小さく笑えば、エリック卿とキウスに怪訝な目を向けられた。
なにがおかしいと少し眉をひそめると、二人はあたふたと目を逸らしたのだ。
どうやら余の顔が怖いようだ。
別に怒っているわけではないのだが……。
ふぅ、とため息を漏らして、外の風景に視線をなげかけた。
そうして目的地につき、応接間でフェーリを待つ。
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