6. 芽生えた気持ち

1/3

557人が本棚に入れています
本棚に追加
/308ページ

6. 芽生えた気持ち

********【ニロ・ブルック・ジュリアス】 「おはようございます、ニロ殿下」 「おはようございます、王子」 「おはよう。エリック卿、キウス」  宴会が終わり、城内は静けさを取り戻した。  石畳の廊下の外には、余の教師であるエリック卿と騎士長のキウスの姿があった。  そうして部屋から出るや否や、エリック卿はさっそく余に声をかけてきたのだ。 「ニロ殿下、本日は早いお目覚めですね、良く休まれましたか?」 「ふむ、いつも通りだ」 「それは何よりでございます」  そう言いつつエリック卿はキウスに薄笑いをみせた。  また朝早くから始まってしまった……ふっ。  余の世話まわりは従来、貴族らに任されている。それゆえ文家のエリック卿も武家のキウスも貴族である。  しかしこの通り、2人は文武という異なる派閥の貴族だ。  こうして対立する両家に挟まれて、日々が不和で息が苦しい。  なにより未来の王である余の関心を奪おうと必死すぎる。  ……まぁ、実際に必死なのはエリック卿だけだ。  もう片方のキウスは、まるで父親の操り人形のように、ただただ茫然と余のそばに控えているだけ。  余に対して滅多に感情を表すこともなく、いつもぼーっとしている。  正直2人の不仲に疲れている。  とはいえ、エリック卿は余の教師で、子供の頃から世話になっている。恩義があるゆえ切り捨てられない。    他方でキウスの父親、セデック伯爵は多大な軍事力を有している。  そしてキウスは4年前、 16歳という若さで騎士長の座に上りつめた逸材。剣の鬼才と称されるタレント持ちだ。  余の護衛と剣技指導を担当するのにキウス以上の適材はいない。  このキウスの活躍で武家派閥の権力がどんどん広がり、文家のエリック卿は相当焦っているようだ。  不必要な権力争いに参りそうだが、同時に変な噂にもかなり苦労している。  余の目を直視すれば死ぬ。  そんな根拠もない噂を信じてはいないが、日ごろから恐怖に満ちた表情で避けられるうちに、もしや本当なのかもしれないとつい疑心暗鬼になったのだ。  無理して余に近づくものは、何かしらの見返りを求めている。    弱音は弱点だ。  ゆえに疎外され変な噂がたっても、余は黙って耐えるしかなかった。  1人でもいいから、信用できる仲間さえいれば……。  切実にそう思っていた矢先、小さな女の子と出逢った。  宴会の場で、コソコソと余の噂話が囁かれている中、彼女は堂々と余を見つめてきた。  警告のつもりで注意したのだが、まったく動じないその顔に激しい怒りを覚え、積もりにつもった鬱憤が爆発してしまったのだ。  前世の教えである <義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義> をもとに余は一度生涯を閉じた。  この世界においても、同じように振るまうつもりであった。  それなのにあんな小さな子どもに八つ当たりするとは。まことに情けない。  誠意をもって彼女に謝罪する。  そう決めたから、今日はエリック卿の茶番に付き合うつもりはまったくないのだ。 「ニロ殿下。今日の予定ですが、朝から国の歴史に関するお話からはじめましょう。この80年間文家がいかに王国のために身を粉にして献身的に──」 「──すまないがエリック卿。歴史の話は明日にしてくれないか? 今日は訪れたい場所があるのだ」  エリック卿の長い話がはじまる前に彼を遮った。  いつも同じ話ばかりでつまらない。 「……殿下が訪れたい場所、でしょうか?」  城から出かけたがらない余の急な発言に、エリック卿とキウスが驚いた素振りをみせた。  まあ、キウスはよく分からない様子で首をひねっているだけだが。 「……ニロ殿下、よろしければわたくしも同行させて頂けますでしょうか、わたくしも丁度ドナルド様に用事がございまして」  コンラッド家に行くと伝えれば、エリック卿は安堵した表情を浮かべてそう言ってきた。  ここまでして余に付きまといたいのか……。 「……文家同士の挨拶か、よかろう」  断ってもしつこく願ってくるだけであろう。 「感謝します、殿下」  と頭をさげるエリック卿から、キウスのほうに視線を移した。 「キウス、不要と言っても其方はついてくるであろう。ならば余がいつも食するケーキを用意したまえ」 「畏まりました、王子」  武家の操り人形であるキウスを嫌っているわけではない。  なにせキウスも余と同様、無駄な権力争いに巻きこまれたただの哀れなものだ。  できればエリック卿の目の敵にして欲しくはないのだが、それは当分叶わない願いであろう。  9才とまだ幼い目には鮮明すぎる、欲にまみれた権力争い。  この国はなんて醜いものであろう。  ……いや、それは少々違うな。  根源は前世の記憶をそのまま受けついで生まれた余にあるかもな。  そう思いつつ、馬車に乗った。  フェーリ・コンラッド。  昨日あったばかりの少女に不思議と惹かれていた。  喜怒哀楽を感じさせない面持ちとちがって、その瞳から伝わる感情の起伏が激しく、生き生きとしていた。  ──【人は見かけによらず】  余のことをそう思ってくれたようだが、それはお互い様ではないか?  異なことをいう子だな。 「……ふふっ」  小さく笑えば、エリック卿とキウスに怪訝な目を向けられた。  なにがおかしいと少し眉をひそめると、二人はあたふたと目を逸らしたのだ。  どうやら余の顔が怖いようだ。  別に怒っているわけではないのだが……。  ふぅ、とため息を漏らして、外の風景に視線をなげかけた。  そうして目的地につき、応接間でフェーリを待つ。
/308ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加