7. 誓いの儀

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7. 誓いの儀

*********【フェーリ・コンラッド】 「……うぅ」  ずっと眠っていたセルンがぼんやりと目を開けた。 「セルン……!」 「……お嬢?」  セルンの顔を覗き込み、安堵して何度もうなずく。  セルンはどうやら【目を見れば死ぬ】という滑稽な噂を知っている。  それで私の目を直視してきたニロが、さらなる嫌がらせをしにきたと思っていたらしい。  ちゃんとニロが謝ってくれたことをセルンに説明すればよかった。  あの時、ふいに泣き出してしまったから、完全にいじめだと勘違いさせてしまったのね。  前世とちがって、絶対王政であるこの国ではごく普通に死刑が行われている。  護衛とはいえ、まさか私を守るためにセルンが王子に歯向かうなんて思いもしなかった。  ヘラヘラしているけれど、セルンは立派な騎士だ。  そんなセルンの気持ちを軽くみてしまった。  私の配慮が足りないせいで、危うくセルンが処刑されるところだった。 「あれ、なんで寝てたんだ、オレ……?」  呆然と天井を見あげて、セルンがつぶやいた。  失神させられてまだ意識がはっきりしないのね……。 「……ごめんなさい」  むくり起きあがってくるセルンに重たい唇で謝罪した。 「なにこれ」  私の額を見て、セルンがパッと目を見ひらいた。 「このこぶ、どうし……あっ、そうだった! あの王子にいじめ──」 「──ちがうっ」 「え?」 「ニロ、じゃない……」  セルンの腕を掴み、精一杯唇を動かす。 「私が、わるい」 「……泣いてる? ……どうしたんだい、お嬢?」  眉尻を下げて、セルンが不安げな表情を浮かべた。  硬い唇をゆっくりこじ開けて、声をこぼす。 「私が、ちゃんと、セルンを……考えて、ない」 「なに言ってんだい?」  ロリコンだと勝手に決めつけて、挙げ句の果てにセルンを意識してしまった。馬鹿みたいに自分のことしか考えてない。 「これから、ちゃんとセルン、みる……考える」  唇がぷるぷる震えて、うまく声が出ない。 「ごめ──」 「──お嬢」 「!」  突然身体をつつまれて、気づけばセルンの腕の中に収まっていた。 「もう十分オレをみてるよ……」    耳元にセルンの嬉しげな声がひびく。  何があっても私を守る。  セルンがドナルド社長にそう誓ったのに、私は彼の言葉を信用していなかった。 「全然、足りない……」  セルンにとって、私は守るべき幼い令嬢。  それをちゃんとわかっていなかったんだ。 「……足りてるよ。お嬢……」  そう言うと、セルンが私の肩口に顔を深く埋めた。 「誰にも見せない笑顔をオレだけに見せてくれただろう? 他人から特別なものをもらったのが初めてだったからさ、オレ、感動しちゃって、……悪い。変だよな?」  セルンが心配してくれたのが嬉しくて、胸に温もりを感じた時のことか。  自分の意思で表情を作れないけれど、ちゃんと気持ちがセルンに伝わっていたんだ……。 「変、じゃない……」  ふと胸が熱くなって、セルンの背中にしっかりと手を回した。 「セルンに、気持ち、伝わって、私も、……嬉しい」  頑張って声を震わせれば、セルンはぴくりと固まってから、 「このセリフはずるいよ、お嬢……」  そう言ってぎゅっと私を抱いた。  ……温かい。  ロリコンだなんて大の見当ちがいだわ。  セルンは真摯に私をみてくれる立派な騎士だ。  これから変にセルンを意識するのやめよう。  そうしてしばらくセルンを抱きしめていれば、背後から咳払いが聞こえてきた。  あっ、そういえば……! 「……き、キウス⁈」  キウスに気づいたセルンは目を白黒させて私から離れた。 「な、なぜお前がここに……? ってかいつから⁈」 「最初からですよ?」  ニコニコ笑いながらキウスがつづけた。 「とんでもないことをしでかした人の様子には全く見えませんね。もしかしてセルンさんの首を強く叩きすぎて、頭を故障させちゃったかな?」 「……笑顔で怖いこと言うな、お前ならあり得そうで怖いぜ……って、とんでもないこと? あ、そうか!」  はっと思い出したのか、セルンが真顔をつくった。 「よく聞け、キウス。あの王子はお嬢を泣かせた。感情に流されたのは本当だが、オレは後悔していない」  真剣な目を向けられて、ぱちぱちとキウスは瞬く。 「へえ。騎士らしい言い方ですね、セルンさん。いつから改心したんですか?」 「改心って、おい。オレは一応お前の先輩だぞ」 「ふふふっ。はい、もちろん覚えていますよ」  実は先ほど、少しだけキウスから話を聞かせてもらったのだ。  どうやらセルンは騎士の中でも位の高い、王国騎士団に所属していたらしい。  王国騎士団は年に2人しか入団させない精鋭団体だと、キウスが教えてくれた。  そんな素晴らしい騎士のことを私はロリコンだと……。  色気に眩惑され、護衛としてセルンを見れなかったなんて恥ずかしすぎる。もはや黒歴史だわ。  後ろめたさを感じる私の横で、キウスとセルンがまた会話をはじめた。 「セルンさん。あなたを尊敬しているのですが、それでもあの態度は感心できませんね」 「……うっ」 「子どもが泣くくらいで──」 「──いや、それは違うな、キウス」 「え?」 「オレのお嬢はすぐに泣く子じゃないんだよ。……な? よほど怖い思いをされただろ、お嬢?」  セルンが私の頭をぽんぽんして、庇ってくれた。  はやくニロへの誤解を解かないと!   無駄づかいはしたくないけれど、これは仕方ないわね。 「……セルン」  ぽつりそう呟くと、手に持っている紙を彼にみせた。 「ん⁇ なにこれ? <王子からなにもされてない>」  唇を動かしすぎると頬が腫れてしまうから、会話を避けてきた。しかし、このままでは何も解決できないわ!  もう一度紙に筆を走らせて、それを胸の前でかかげた。 「また……? はぁ、どれどれ、<泣いたのは王子から仲間だと言ってくれたから、ニロはいい人よ>…って、本当かい?」  怪訝な顔を浮かべるセルンに、うなずきで返事した。 「嘘つかなくてもいいよ、お嬢。王子に頭を叩かれてたんだろう?」  怪訝な顔のセルンに何度も首をふり、紙に字を書いた。 <嘘じゃない。ニロは優しい。セルンを許してくれた> 「はあ? オレを──って、あああ! そっか、そうだった。刑罰のことを完璧に忘れてた!」  驚愕するセルンをみて、キウスはふわっといい笑顔をたたえた。 「国王罰令第一種第一条。王族に無礼を働く者は大辟罪(だいへきざい)に処する。つまりその場で死刑実行ですね」 「……冷静にいうな、おいっ」 「うふふっ。セルンさんの教えですよ」 「…………」  どうやら本当に仲良しみたいだね。 「セルンさん。王子は難しい人ですけど、別に悪い人ではないです。それを私が保証します」 「キウス、お前まで……。お嬢、本当に王子になにもされてなかったのか?」  セルンの問いにこっくりと頷き、大きな字でアピールした。 <ニロは私の仲間だよ!> 「仲間ってなんだよ……? はあ。でもこうしていられるってことは本当にオレを許してくれたのか、信じられん……」 「しきたりに厳しい王子が簡単に許してくれるとは、私も驚きましたよ」  言いながら、キウスは指を顎に当ててぼんやりとした様子をみせた。 「仲間、ですか。だからフェーリ様に免じて許してくれたのですね」 「お嬢に免じて?」 「はい。フェーリ様が床に思いっきり頭をぶつけて謝罪したら、王子が許してくれましたよ」  かっとセルンが目をみひらいた。 「! ……まさか、この額のこぶはオレのための……っ」  ぶんぶん首をふり、セルンに紙をみせる。 <私だけじゃない。キウス様もニロに懇願してくれたよ!> 「……キウスもか。二人とも申し訳ない。迷惑かけた……」  ベッドの上でセルンが深々と頭を下げてきた。  やや意外そうな表情を浮かべてから、キウスは私のほうをみて、ゆったりと微笑んだ。 「まったくそうですよ、セルンさん。フェーリ様が大事なら、もう2度とこんならしくないことをしないでくださいね?」  ふわふわとキウスの顔の周りに小花がいっぱい浮いているように見える。  頭をぶつけたから幻覚をみているのかな……?  小首をかしげていれば、横からセルンの囁き声が聞こえてきた。 「……大事、か」    さっと剣を手にして、セルンがベッドから降りた。 「我が心臓を主に捧げ、主の安全・名誉・幸福のために剣を振るうと、神に誓います」  片膝を折って、セルンが私に頭を下げてきた。  これは、……騎士の誓い?   どうして急に?  当惑していると、隣からキウスが小さく耳打ちをしてきた。 『受諾してあげてください』  騎士の誓いを受諾しなければ、屈辱になる。  慌てて硬い唇を動かした。 「汝を、我が心に、刻み。汝の名誉を……保障する、と、神に、誓います」  唇が痺れるが、なんとか言い切った!  本で読んだ通りのセリフだ。  辛抱よく最後まで聞くと、セルンは私の手を引きよせて、手の甲に唇を落とした。  ドキッと湯気が出るほど顔が熱くなった。  儀式の一環だと分かるけど、やっぱ恥ずかしい……っ  ああ、もう!  セルンを意識しないようにすると決めたのに……!  【誓いの義で誓われた剣が折れるまで、その効力は持続する】  本ではそう書かれてあった。でも……。 『我が心臓を主に捧げ…ー』  普通は剣を誓うはずなのに、セルンは私に心臓を誓った。  剣とちがって心臓は一つしかないのに……。  よくわからないが、これからもずっと傍にいてくれる。  多分、そういうことだと思う。
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