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8. 謹慎
「ニロ様、けさの不躾極まりない言動をお許しいただき、心より感謝しております」
片膝を立てて、セルンはニロに頭を下げた。
私とキウスを配慮して、ニロはセルンが起きるまで応接の間で待っていてくれた。
今さらだがニロはすごくしっかりしている。
同じ転生者だけれど、一国の王子に生まれ変わったから、ニロは立場に相応しい立ち振るまいを心掛けているようだ。
混乱ばかりして戸惑う私と全然ちがうのね。
そう思いつつ、ニロの反応をうかがった。
「……其方は感謝する人を間違えている。余は其方を許してはいない」
氷のように冷たい眼差しで、ニロがセルンを睥睨する。
一気に部屋の空気が重たくなった。
う、ニロが怒っている……
ちらりと目があった瞬間、ニロが困ったような表情を浮かべて、顔をそらした。
「フェーリとキウスに感謝するがよい、セルン。彼らに免じて、これ以上其方を咎めるつもりはない」
「……はっ、ご寛恕いただき誠にありがとうございます、ニロ様」
「もうよい、立て」
ニロが嫌そうな顔で手をふった。
王子の威厳を保つためか、ニロは常に気を張っている。
一見厳しそうで気難しく感じるけれど、実はとても優しい。
なんとなくニロのことがわかってきた気がする。
そんな風に考えていれば、ニロが再び口を開いた。
「咎めるつもりはないが、余はまだ其方を許してはいない」
うぅ、そこはハッキリと言うのね……。
相変わらずの不機嫌そうな表情で、ニロが厳しい語調で言った。
「自分の行いを反省するべく、1週間の謹慎に処する」
パチパチとセルンが目を瞬かせた。
「……キンシン、でしょうか?」
「なんだ、不服か?」
ニロは眉間に深いシワを刻んだ。
うっ、怖い。
「い、いいえ……」
セルンも少し焦っているようだねって……あ、そうか!
王子に歯向かう罰として軽いほうだと思って気づかなかったけれど、そう言えば……
テクテクとニロに近づき、紙を持ちあげた。
<ニロ、この世界には謹慎という刑罰は存在しないよ>
ニロは一瞬怪訝な表情をみせたが、文字を読んでくれた。
「……どういうことだ?」
(言葉のままだよ。この国の法律を全部記憶しているけれど、謹慎という刑罰は存在しないの)
瞳でそう加えると、ニロは驚いた顔になった。
「……全部記憶している?」
(うん。実はね、一度読んで理解した内容を忘れないんだ。おそらくこの世界のタレントってやつ……)
「ふーん」
ニロはいいことを思いついたかのように、片頬の口角を吊り上げた。
「言い直そう。セルン、其方に1週間の外出禁止を命じる」
「……外出禁止、でしょうか?」
「ふむ。その間は自室に控え内省するがよい」
「し、しかし、ニロ様。自分はフェーリ様の護衛を任された身、自室に待機するわけには……」
一瞬固まってから、セルンが慌て出した。
ニロは不愉快げな顔を作りつつも、一理ある、と小さくつぶやいた。
「……よかろう。ならば屋敷にいる間はフェーリの護衛を務めよ。ただし外出は厳禁だ」
「はっ……」
どこか納得できないような表情で、セルンは私のほうをみた。
死刑から1週間の外出禁止になって、戸惑っているのかな?
<ニロは優しいからこれだけで本当に許してくれるよ! 一緒に頑張ろう!>
空気を読んで紙を見せれば、何を⁇ と言わんばかりの怪訝な顔が返ってきた。
その時、「フェーリ」とニロが私とセルンの線上に割りこんで、声を発した。
「お前は本の内容を多く記憶していると言ったな? 国の歴史とかも把握しているのか?」
(? ……うん。読んだものなら覚えているよ)
素直にそう答えると、ニロがふと口の端をあげた。心なしかとても嬉しそうに見える。
「ならば余の教育担当を任せられるな」
「はあ⁇」
私が反応できる前にセルンの声が響きわたった。
少し失礼だよ……
恐る恐る見れば、やはりニロが怖い顔をしていた。
慌てて何度も頷くと、ニロは満足げに表情をゆるめた。
「では決まりだ。明日から頼もう」
(あ、明日からなの⁇ 私はまだ8歳だよ、確認とか許可とか、いろいろあるんじゃないかな……?)
「本来の教育も受けつつお前の話を聞きにくるだけだ。許可など必要ない。ケーキを食しながら気軽に話をしよう」
なるほど……!
いわば課外活動のようなものか!
明日からもまたニロと会えるし、甘くないケーキも食べられる。
一石二鳥じゃない〜! なんて小躍りしていると、ニロがふふと笑う気配がした。
あ、いまの思考が……!
かぁと頬が熱くなって俯いたが、その間もずっとニロの視線を感じた。
よく分からないけどもう見ないで……! なんだか恥ずかしくて顔をあげられないよ……っ
そうしてニロが城へ帰る時間になり、屋敷の外まで見送った。
走り去ってゆくニロの馬車を眺めていれば、横からセルンの困った声が聞こえてきた。
「たしかに嫌な子ではないようだが、キウスの言うとおり難しい子だ……」
<ニロはいい人だよ>
パッと紙でそう主張すれば、はぁあ、とセルンがため息を吐き出した。
「絡んでくる理由を疑わないでいい人だなんて……。お嬢は純粋すぎる。心配で仕方ないぜ……」
純粋って……思わずドキッとしたが、そんなことはない。
だって、ニロが私を指名してきた理由なんて明白すぎるもの。
お互い日本人だったからだよーーなんてセルンに解釈できるはずもなく、とりあえず口をつぐんだ。
でもまさかこの世界で日本人と逢えるなんて、うふふ、運命を感じるわ〜!
興奮する私をみて、セルンはさっきよりも長い長いため息をつくのであった。
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