9. 甘いケーキ

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9. 甘いケーキ

「──都内観光ですか⁈」  セルンの叫び声が屋敷中に響きわたった。  目を剥くセルンに反応することなく、ニロは悠然と紅茶をすする。  今日もニロとセルンの雰囲気が微妙だね……。  どうすれば仲良くなってくれるのかな?  無視されるセルンをみかねて、紙に筆を走らせた。 <あのね、セルン。私もニロもまだ都内を回ったことがないから、行こうかって誘ってくれたの> 「……え?」  セルンは訝しげに目を細めて、私の耳元に口元を近寄せた。 「貴族ならまだしも、王子が都内をのうのうと歩きまわるなんてありえないから! 何かを企んでるよ絶対、口車に乗っちゃダメだよ」  あれから5日も経ったのにまだニロを信用していないのか、セルン。  何度もいい人だと説明したのに……。  口車とか大袈裟な部分もあったけれど、確かに一理あるわね。 「……なにが一理ありだ?」    ふと銀色の瞳と視線がからみ、ぎらりと細められた。  あ、いまの思考が……!   (そ、それがね。一国の王子が都内を散策するの危険じゃないかって、セルンはニロを心配していたよ) 「……余を? ふっ」  ニロが怪訝そうな表情を浮かべた。  あれ、セルンと同じ反応じゃない?   意外と似たもの同士かも……と目をつむり、こっそり思った。 「心配無用だ。優秀なキウスがついている」  ソファにふんぞり返って、ニロがセルンを一瞥した。  態度と顔は怖いけど、根はいい人だよ。  うん、あとでもう一度セルンに言おう……。 「当然です、ニロ様」  建前のいい笑顔でセルンが頷いた。  さっきの嫌そうな表情は幻だったの? 「自分は騎士長のキウスを疑っているわけではありません」 「そうか。では明朝フェーリを迎えにくる」 「げっ、違う、ニロさ──」 「──キウス、城に帰る準備を」  セルンの発言を遮って、ニロはそのまま部屋を出ていった。  どうやら話を聞く気はないらしい。    セルンは拳を握り、ピキッと額に青筋を立てたが、すぐに空気をよみ、私と一緒にニロの馬車を見送りにきてくれた。  馬車が見えなくなったとたん、もはや習慣のように「がぁあ〜」とセルンはため息をついた。  気疲れしているようだね。    たしかにニロはセルンに少し厳しいのかも。  でもあの時の事件もあったわけだし、これは仕方ないよね……。  2人ともいい人だから、時間がたてばきっと誤解がとけて仲良くなってくれると思う。変に口出ししないほうが無難だね。  そうして屋敷へ戻ろうとしたところ、背後からセルンの声が聞こえてきた。 「……キンシンとか、絶対わざとだ。くぅ、許すまじ」  そうか、謹慎のことをまだ怒っているのか。  行きたい場所でもあるのかな?   首をかしげる私をみて、セルンは困ったような顔を作った。  この5日間、ニロは毎日訪ねてきては、雑談がてらに王国の歴史を話した。  一応教育という名目だから、これでいいのかと心配していたけれど、ニロいわく分りやすくて助かるらしい。  そしてセルンは誓いの儀式で私に心臓をささげたからと言って、以前にも増して私から離れようとしなかった。  やや過保護気味だけど、騎士として普通なのかな?  意外と慎重な性格をしているようで、セルンは全然ニロのことを信用してくれない。  ニロがくると必ずと言っていいほど、セルンはピタッと私にくっついてくる。  結局ニロと2人きりになれず、前世の話を語り合えないでいるのだ。  とは言っても、語りあえるほどの人生でもなかったけどね……。 「──じょう、お嬢!」  どんとセルンが私の進路を阻んできた。 <どうしたの?>  「どうしたの? じゃないよ。ずっと話しかけたじゃないか、……はあ〜。やっぱニロ様がきてからお嬢が変だ」 <私が変?> 「ああ、確かに前よりだけ、ほんのだけ生き生きとしているけどさ……!」  といかに微々たるものかをセルンは指で表してみせた。  ほぼ変化ないくらいに見えるけど、気のせい? 「この間まであんなに嫌がっていたケーキをパクパク食べるし、なぜだか紙で会話するようになったし。……ふっ、前より多く言葉を交わせてる感じだけどさ、正直もう少しお嬢の声が聞きたいよ……」  唇を尖がらせて、セルンがブツブツそう言った。  ニロがくる前からあまり喋らなかった気がするけれど、そんなに変わったかな?  突然よろこんでケーキを食べはじめたから、たしかにセルンとしては変かも。 「ニロのケーキ、甘くないから……好き」  頑張って硬い唇を動かすと、ぱぁとセルンが眩しい笑顔をたたえた。だがその顔はまたすぐに暗くなった。  一瞬だけ咲いた花みたいだ……って、そんなことを考える場合ではないわ。  セルンは私の声が聞きたいって言ってなかったっけ?   なんで逆に落ち込んでるの……?  そう不思議がっていたところ、 「──お嬢!」  セルンが私の両肩を掴んできた。 「オレ、負けないぞ! いつか甘くてもお嬢が好きになってくれるケーキを作ってみせるからな!」  ケーキを作るの、騎士のセルンが……?  ぱちぱちとセルンを見つめていれば、ぽんぽんと頭をなでられた。 「待っていてくれよ!」  熱意のこもった目で見つめられて、思わずドキッとしてしまったかも。
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