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12. 聖女
*********【情景】
繁忙な商店街を駆けぬける馬車から不穏な空気が漂う。
2人のむくつけき男に抑えられ、女の子は目をつむりピクリとも動かない。
その安否が気になったのか、小さな口を封じる手で大柄な男は彼女の息を確認した。
生きてる……ひそかに安堵の息を漏らし、相棒に不安げな顔を向けた。
「なんだかおかしいぞ、この子。知らねぇやつらに攫われてんのにさっきからまったく暴れねぇ」
「ああ。ってか、表情一つ変えないからなおさら気味悪いぜ」
耳打ちで会話を交わしながら、2人は怪訝な目で少女の顔を眺めたのだ。
「この子がコンラッド侯爵家の令嬢で間違いねぇのか……?」
「ああ、彼女が乗った馬車は間違いなくコンラッド家のもんだ。それに黒髪に青い瞳、言われた通りの容姿だぞ」
「……まさかとは思うが、貴族令嬢は誘拐ぐらい動じねぇってのか?」
「いや、それはないだろ……」
2人の間に困惑の空気が流れる。
大人しくしている少女を見て、納得できないのか大柄な男はふと呟いた。
「いや、護衛の姿もいなかった、やっぱおかしくねぇか?」
「──しっ、声が大きい!」
「あっ!」
仲間に指摘され、大男はハッと自分の口を塞いだ。
そうして口の自由を取り戻した少女は冷静沈着な態度で口をひらく。
「……キウス」
「!」
キウス──武家と関わりのあるものであれば、一度は耳にする名前。
その名を聞いた二人の顔に血の気が引いたような、恐怖に満ちた表情が浮かぶ。
類をみない剣の鬼才と噂され、 キウスは16歳の若さで誇り高い王国騎士団の団長になった。
武家派閥を裏から率いるセデック家唯一の子息にして、王国の軍事力を半分近く握っている。
そんな男の名を零した少女は、静かなる佇まいで2人の反応を観察しているようだった。
「な、なぜキウス様の名前を……もしかして事前に俺らの計画を……!」
「そんな、嘘だろう……!」
真っ青な顔で男らは少女に視線を投げかけた。
その疑問に答えるがごとく、少女はゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「……ストロング、子爵家」
「!」
そうして都外にある一軒の屋敷に到着し、馬車がまだ完全に止まっていないのに、大柄な男が半狂乱状態で飛び降りた。
「計画はばれていた! 早くストロング様に知らせねぇと!」
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