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20. 使命
*********【キーパー・ストロング】
「国外追放? 明日一番に?」
誘拐事件から1日がたち、荒れている客間で思わず父様の発言を繰り返した。
「そうじゃ、キーパーよ! フェーリ様のご慈悲で死刑ではなく、国外追放になったのじゃ。やはりあのお方は聖女じゃ。なんて美しいお心。お前の言うとおり、神様は生きている、生きているのじゃ!」
興奮状態の父様は今にも躍りだす勢いで僕の手を握った。
ついこの間まで生きる神を頑なに信じなかったのに……。
ふと心が大きく揺れた。
まだ会ったことのないフェーリは、もしかして本当に僕が探していたものかもしれない。
それを確めるために僕はどうしても一度彼女と会わなければならない。
太陽神ラーの化身であるファラオに仕える神官として、僕は長い人生を送った。
人間は己を超越した存在の下で生きることこそが真の幸福であり、僕にとって死は一時的な状態にすぎない。
再び復活するファラオにもう一度仕えることを信じて僕は安らかに眠った。
だが、あろうことか、眠っている間馴染みのない地に迷い込んでしまった。
この世界には生きるファラオ、つまり神の子がまだ降臨していない枯れ果てた地だ。
本当の神を知らないここの住民たちは石や金で作った像を神と呼ぶ。
すぐにもう一度眠り、本来の地へと戻りたかった。
しかし当然だが、ここの住民は眠るための儀式をしらない。このまま目を閉じたら、僕は神に見捨てられてしまう恐れがあった。
何かしらの手違いで僕の魂はここに送り込まれてしまったのか?
そう考え、僕は気づいた。
神は絶対に間違いを犯さない。
だから僕はここに迷い込んだのではなく、神の思し召しでここへ来させたのだ。
つまりこれは、僕に与えられた、神の試練。
この枯渇した地に信仰の泉をもたらし、後に生まれてくる神の子に仕える。恐らくだが、それが僕の使命だろう。
言葉が喋れるようになり、僕は必死に神の存在を訴えた。
最初は周りから冷たくあしらわれたが、僕は執念深く言いつづけたのだ。
人間を導かせるために神は自分の子に肉体を与えた。だから神の子は必ずこの世に生まれてくる、と。
この国のありとあらゆる教会とやらに出向き、真の神は像ではなく、生きているのだと、僕は言いつづけた。
真実を語る僕の言葉には、まるで魔法が付与されているようだった。
僕を目の敵にしていた教会の神官たちも、やがて自分たちの過ちに気づき、僕を受け入れるようになった。
そうやって15年間の月日がたつ。
生まれつきでなぜだか体が小さい僕は、この国にあるすべての教会に出向き、同じことを繰り返し語りつづけた。
その甲斐あって、教会は続々と石や金で作られた偽物の神を放棄してくれたのだ。
迎える土台は既にできている。
あとは僕の前に神の子が現れるのを待つだけだ。
そんな中、魔法を帯びた僕の言葉が通用しない人もいる。
その1人は僕の父様だ。
元々偽物の神も信じなかった父様に、僕の声は届かないようだ。
神より、父様は権力を崇拝してた。それで、侯爵家の令嬢を嫁にして欲しいと、この上ないくだらない話ばかりをしていたのだ。
そんな父様を無視して、僕はひたすら教会を転々とする日々を送った。
そうしてある日教会から戻ると、屋敷がボロボロになっていた。
嵐が通過した後のような光景に驚くのも束の間、がらりと変わり果てた父様の態度に唖然とした。
神を信じない彼にとって死は終わりを意味する。
それなのに父様はその永遠の死を怯えることなく、フェーリという人を拝んだ。
心が救われたと、彼は彼女を聖女と呼んだ。
潤った父様の目は信仰心に満ち溢れていた。
僕がいくら語っても通じなかった父様を、フェーリという少女は一瞬にして変えてみせた。
彼女は本当に僕が探していた神の子であれば、僕は彼女に問いかけなければならない。
この世界はやはり神の試練なのか?
そして、もし本当にそうであればそんな僕に与えられた使命はなんなのか。それを確かめるために、僕は一度彼女と会わなければならない。
一刻も早く彼女に会って確かめたい。
そして国外追放が決定された今、正に今彼女と会わなければならない。この機会を逃せば、僕は神の子と会えなくなってしまう。
「……キーパー、どこへ行くのじゃ!」
父様に振りかえることなく、僕はなりふり構わず、馬に飛びのった。
事前に突き止めておいた彼女の屋敷へ向かうためだ。
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