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21. 指切り
*********【フェーリ・コンラッド】
美味しいものを食べていっぱい寝たからか、風邪がすっかり治った。小鳥の鳴き声に耳を澄ませながら、私は朝早くから屋敷の前でニロを待っている。
隣にいるセルンは不安げな表情で、じぃと私を見ているのを感じた。
けれど、そんな彼に声をかけることなく、私は並木道のほうばかりを見つめた。
「……お嬢、まだ怒ってるのかい?」
無言のままぼーっとしていると、曇った顔でセルンが声をかけてきたのだ。
そっぽを向いたまま首を横に振ると、セルンは困ったような顔になった。
「お嬢……。だから昨日のあれは仕方ないよ。だってお嬢を守るのがオレの義務なんだよ? お嬢のためならオレは迷わず人を斬る。それがオレの役目なんだから、わかってくれるかい?」
<暴力反対。だめ。絶対>
せっせと紙に字を書いて反論した。
「いやだからあれはしょうがないって……! 正体不明のやつがいきなり屋敷に現れて暴れ出したら、それは斬るよ普通、ね?」
必死に弁解するセルンに何度も首を振って否定する。
実は昨日。ニロが帰った後、家に知らない人が乱入してきた。
それでセルンはその男性に理由を尋ねることなく、彼を斬ろうとしたのだ。
私が瞬時に止めに入ったから事なきを得たけど、その後もセルンは男性を蹴り続けたので、その乱暴ぶりを見かねてつい彼の腕を叩いてしまった。
こうして今の状態になっているのだけれど、私は別にセルンに怒っているわけではない。
ただ暴力で物事を解決しようとする人を好ましく思えないから、ショックを受けて気が滅入るというかなんというか……。
常に真面目で頼りになるセルンが好きだから、だから……なおさら心が重い……。
無意味に男性を蹴りつけるセルンの姿が頭をよぎり、また気持ちが沈んだ。そうして黙り込んでいると、セルンは困惑した様子で私を覗きこんできた。
「ー…じょう、お嬢、聞いてる?」
<暴力を振るう人はあまり好きじゃないの>
しょんぼりした様子で紙を突き出すと、セルンは衝撃を受けたように固まった。
うっ、さすがに言いすぎたのかな。でもセルンのことは好きだから、もう暴力をやめて欲しいのだけれど……。
苦い思いでセルンと見つめ合っていたら、カツカツと石をける馬蹄の音が聞こえてきた。ニロの馬車だ。
「おはよう、フェーリ」
「……おはよう、ニロ」
思考が伝わると思って、ニロの目を見ないまま声で挨拶を返した。するとすぐさま異変に感づいたニロが眉をよせた。
「……何かあったのか?」
「ううん。なんでも、ないよ」
目をそらしたままそう答えれば、ニロは私からセルンのほうに視線を動かした。
「セルン、どうしたのだ?」
「あ、いいえ。なんでもございません。ニロ様」
といつもより少し乾いた笑顔を浮かべるセルンをみて、ニロは「ふーん」と鼻を鳴らした。
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