21. 指切り

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「フェーリと2人で話がしたい」  応接の間に足を踏み入れるや否や、ニロが凛と声を発した。  振りむくと、セルンはペコリと頭を下げるだけで、なにも抗議しなかった。そうして隣のキウスがふわっと私に微笑みかけると、全員そろって部屋を出たのだ。  いつも最後まで粘るセルンが無言で出ていった……。やはり今のは言いすぎたのかな。うっ、でも暴力は……。  罪悪感に駆られていれば、 「フェーリ、余の近くにきたまえ」  横に座るよう、ニロがソファをぽんぽんと叩く。  言われた通りにすると、柔らかい笑顔に迎えられた。 「フェーリ。余はお前の優しいところを一番気に入っている」 (……え?) 「あのな、フェーリ。お前は余とちがって平和で幸せな時代を生きた人間だ。ゆえに優しい心持ちを保持できる。余はお前のそういうところを気に入っているのだ」  そう言って、ニロが私の手を握ってきた。 (……急にどうしたの?)  小首をかしげると、ふぅ、と呼吸を整えてから、ニロが言葉を紡ぎだした。 「あのさあ、フェーリ。この世界はもうお前が生きたあの世界ではないのだ。お前が望んだわけではないにしろ、侯爵家に生まれたお前はやがて貴族間の権力争いに巻き込まれてしまう。そんなお前を守るためには、時に暴力というものを要する。理解できるか?」  暴力……。  あ、そうか。結局ニロにばれてしまったのか……。  落ち込んで目を伏せると、再びニロが口を開いた。 「余も全部把握しているわけではないのだが、昨日の夜、セルンが誰かに暴力を振るったのであろう?」  ニロの問いにうなずきで肯定した。 「ふむ、そうか。お前が攫われた昨日の今日だ。あのものがお前の安全を必要以上に危惧して誰かに暴力を振るったのであれば、過敏に反応してしまったと理解してあげることもまた上の者としての義務だ。フェーリ」  諭すような言葉を聞き、俯いたまま思考を巡らす。  怪我をさせられたわけではないが、確かに私はストロング子爵に誘拐された。しかも白昼堂々と、だ。  これは単に王国の治安云々ではない。そもそも、平和ボケしてそれをまったく警戒しなかった私もいけないのだ。  身分制度とか上下関係とか、時代遅れだと思ってなにも考えないようにしてきた。けれど、いろんな意味でそれはただの現実逃避にすぎなかったということか……。  ニロの言うとおり、この世界に転生したから自分の態度を一新しなければならない。だって、ここは王国で、もう日本ではないのだから……。  そう考えると私に心臓を誓ったセルンはいくら手を汚してても私の安全を第一に優先するのが当たり前。    セルンはこの世界の筋に従い私を守ってくれたのだ。  それなのに、私は自分の感情を優先してセルンを責めた。その態度が失礼だとニロは言いたいのだろう……。  物騒な世の中。上の者としての義務……。  悔しいけれど、ニロが言ったことはすべて正論だわ。  ニロより進歩した社会を生きたから、無自覚に自分のほうが優位に立っていると勘違いしていたかも。  今更だが、時代とか社会とかそんなの関係ない。  人間は皆平等で、同じ程度の思考能力を持っている。  当たり前のことなのに、改めてそう気づかされた。ニロは私の考えを知った上で、それを責めることなく指導してくれたのね。  やはりニロはすごいよ……。 「……ありがとう、ニロ」 「よいのだ、フェーリ」  私の頬に手をかけて、ニロはゆっくりと額を寄せてきた。 2人の鼻先が触れて、暖かい吐息が唇を撫でる。  うぅ、少し近すぎかも……。  心なしか、昨日からニロのスキンシップが激しい気がする。親しくなった証拠なのかな……?   1人で恥ずかしがっているうちに、ニロが離れていくのを感じた。 「余はお前の仲間だ。隠し事をせずになんでも相談したまえ」  私をまっすぐに見据える銀の視線は冴えた光を放ち、真剣であることが伝わった。 (ニロ……。うん、わかった。そうするね)  熱くなった顔でブンブン首をふると、ニロの手を握り返した。  ニロは、私の仲間……。  なんて心強い言葉だろう。ニロと出逢えて本当によかったわ……。  この気持ちが伝わったからか、ニロは照れくさそうに微笑んだ。 「……ふむ。それで、昨日余が帰った後一体何が起きたのだ?」  あ、そういえばまだニロに説明してなかったわ。 (実はね…ー)  そうして事情を説明すると、ニロは訝しげな表情を浮かべた。 「……ストロング子爵の息子が唐突に訪れて暴れたのか? ……ふむ。なるほど。尚更あのものの判断は正しいな」  コクコク納得するニロに、慌てて首を横にふった。 (それはそうかもしれないけど、でもキーパーという人は全然悪い人ではなかったよ!) 「ふむ、そうか。まあ、それはよいとして。結局あのものは何をしに来たのだ?」 (よくないわ、ちゃんと聞いて、ニロ。実はね、昨日セルンから聞いたのだけれど、どうやら私の誘拐を企てたのは当主の老人だったらしいの。それでね、キーパーはもともと宗教活動にしか興味がない人だったみたいで、今回の事件と関係ないのよ)  ひとえにキーパーの潔白を熱く訴えたら、ニロに困った顔をされた。 「あのさあ、フェーリ。それが本当であれば尚さら不審だ。事件に関与していないのに彼は連帯責任で国外追放になってしまった。それで宗教活動も継続できなくなったのであろう? その腹いせでお前に害をなそうとした可能性というのも無きにしも非ず。そう思わないか?」  うっ、そう言われてみれば……。 (で、でも宗教活動に熱心な彼が人に害をなそうとするなんて考えられないよ……ね?) 「ふうん。考えられない、か……。まあ、それはよいとして。もう一度聞くが、そのキーパーは何をしに来たのだ?」  ニロの鋭い質問に思わずぎくりとする。  実は私もよく分からないのよね……。 (わ、わざわざ謝罪しにきたのよ、きっと……。だって、私が『大丈夫、あなたは間違ってない』と伝えたら大人しく帰ってくれたのだから……)  ちらちらと目を泳がせてそう答えれば、なんとニロに怪訝な目を向けられたのではないか……。  なにげなくすべてを見透かされる気がして、慌てて目を閉じた。  本当はキーパーはすごい勢いで泣き崩れてた。  何時間も泣いて、気絶するほどだったのよね……。少し怖かった。  どこかで似たような光景を見た気がするけれど、絶対に思い出してはならない気がする……。  心の中でそんな風に考えていた時、耳元にニロの声が届いた。 「……お前は簡単に人を信用しすぎだ、フェーリ」  とがめるようなその言葉に怖じて、ニロの顔をちらりとみる。  これは、怒った顔じゃなく、……悲しい顔だ。  そうか、心配させてしまったのね……。 (……ごめん、これから気をつけるよ)  反省してそう伝えたが、ニロは相変わらず不安げな表情を浮かべていた。 「よいか、フェーリ。とにかく今後は余に隠し事をするな。何かあったら真っ先に余に相談したまえ。分かったか?」  釘を刺すようにそう言われ、安心させようと力強くうなずいた。  そしてニロの小指に自分の小指を絡ませて、上下に振ったのだ。 「……約束、する」  大事な言葉はちゃんと声で伝える。  しっかりと自分の気持ちを伝えたつもりだが、ニロによくわからないというような顔をされた。 「……何をしているのだ。フェーリ?」 (? ……なにって、指切りよ?)  当然のようにそう答えれば、突然ニロは目を丸くした。  あれ? なにか変なことを言ってしまったのかな……?  (……どうしたの?)  不安になりそう尋ねたが、ニロは私の問いに答えることなく小声でぶつぶつとなにかを呟いた。 「これが、あのよしわ……の、ふへんの、ちか……い」  とニロの顔がみるみる真っ赤に染まっていった。  声が小さくてよく聞こえないわ……。  なんだろうと頭の上に疑問符を浮かべたが、ニロは「ちかいあう、しょうこ……」と完全に自分の世界に入ってしまったのだ。 01d428f4-41af-4c25-930a-d012877aa39a 【※挿絵ははや様に描いていただきました】
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