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******【フェーリ・コンラッド】
──キウスと婚約してから8年が経過した。
あれから大量の本を読みつくし、10歳からニロと一緒に王国の政治に関わりたいと社長に願い出た。
最初はまだまだ子供だと断固拒否された。
だが、何年もかけて哀求し続けた結果、困り果てた社長は条件付きで渋々許可してくれた。
ただし、十四歳という年齢以前に女性である私の政治参加をよく思わない貴族もいる。それで一先ず社長は「情報だけを把握しなさい」と言って、貴族間の機密書簡や情報を内密に共有してくれるようになった。
情報の引き換えとして社長が出した条件は、コンラッド家率いる事業全般の管理である。
文武の完全なる融合を目指し、下級貴族まで浸透させるために色々と手を焼いているドナルド社長は、コンラッド家の事業にまで手が回らない。
そこで全てを私に任せることとなった。
傍に控える優秀なセルンの支援があるとはいえ、多岐にわたる事業の提案書やら経過報告書やらに加え、定期的にそれらをまとめて社長に報告しなければならない。
おかげでこのニ年間、朝から夜まで目が回るほど忙しい日々を過ごしたのだ。
ほぼ毎日夜中まで頑張っているのに、事業の書類だけで手が回らず、結局絶え間なく入ってくる政治情報を把握できないでいる。
王国の争いから私を守るために一人で無理しているニロのことを思うと胸が苦しくなる。
私はずっとニロの傍にいたい。
そして彼の仲間に相応しい人になりたい。
だから事業進捗書なんかよりも現在の政治情勢を優先して、ニロに追いつきたいのだ。
常にそう思っているけれど、万が一にも利益を重視するドナルド社長にバレたらと想像するだけで、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
完璧すぎるのは笑顔だけじゃない。
ドナルド社長はずっと一人で華麗にこなしてきた。
そんな社長と比べること自体無意味なのかもしれないが、事業を任されてからそろそろニ年が経つ。
もうじき十六歳になる今もなお、手際が悪い自分に焦りを覚え、長く続くストレスでまた食欲不振に陥りかけた。
そんな私を心配したセルンは、仕事の合間を縫っていつも美味しい手料理を振る舞ってくれた。
お荷物になりたくないから焦っているのに、逆に余計な負担をかけてしまった。
そうして適度な息抜きも必要だと開き直り、ここ数ヶ月間暇さえあればセルンを連れて馬を走らせた。
『余は必ずお前を幸せにする』
顔を合わせる度にニロはそう言ってくれた。
前世は飢餓で苦しむ子供たちのために自分を犠牲にしたニロは、今世においてもやはり途轍もなく優しい。
同じ日本人である私を守るためにニロは政治だけではなく、剣技の方にも精を出し日々努力している。
そうして急成長するニロとの間に距離ができてしまった。
それで焦った私は、セルンにお願いをして最低限自分の身を守る護身術を教わってもらったのだ。
ドナルド社長に連れ回され同様に多忙な日々を送るニロは、寂しがる私を気遣い週に一度は必ず一緒にケーキを食べる時間を捻出してくれた。
しかし相当疲労が蓄積してきたのか、最近、遊びにくるニロは疲れ切った様子で私の肩に頭を乗せてはすやすやと寝ることが多くなったのだ。
それで今日も同じ時刻に訪ねてきたニロは書斎のふかふかなソファに腰を掛けると、すぐさま私にしなだれかかって眠った。
そうして、ニロを起こさないように、静かに書類の山から報告書を取り出し、耳元で微かに漏れている彼の甘い寝息を聞きながら黙々と紙に目を通した。
ニロは敢えて口に出さないものの、同じ日本人である私を特別扱いしている。
ずっと仲間だと言ってくれたニロの温かい言動を愛だと図々しくも解釈してはいけない。そう自分に釘を刺し、この八年間ずっとニロを意識しないように頑張ってきたのだ。
十七歳になったニロは急に背が伸び、幼い頃の愛らしい顔立ちから一変して眉目秀麗な王子へと立派に成長した。
仲間以上の関係を求めてはいけない。
そう自分に言い聞かせているのに、私の苦労に気づかないニロは平気で私の手を握ったり、抱きしめたりする。
だから、いけないと分かりながらもついつい彼を意識してしまう。
そして正にいま、ニロの端麗な寝顔を横目にいくら頑張っても全く集中できず、心臓がドクドクと高鳴ってしまう。
耳の奥まで響く動悸がニロに伝わってしまわないかと気が気ではない。
このままだとニロに感づかれてしまうよ……。
【はや様に塗っていただきました】
とうとう平然としていられず、自分を落ち着かせようと目を瞑った。
そうやって瞼を閉じていると、疲れが溜まってきたせいか突然激しい眠気に襲われた。
あ、だめだ……早く目を開けないと……。
まだ多くの仕事が残り、無理して重たい瞼を開けようとしたが、スースーと気持ち良さそうに眠るニロの寝息につられてふわふわと意識が朦朧し始めた。
ああ……寝ちゃう……だめ……
まだ……書類が……
いっ……ぱぃ……
……ー……
──スゥ
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