【王国政治編】 25. うたた寝

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******【キウス・セデック】  王子に付き添いコンラッド家の屋敷に訪れた私は、フェーリ様の書斎の前で待機していた。  今日、久しぶりにフェーリ様の顔が見られて大満足している。  頭の中でフェーリ様の顔を再現しつつ、ぼーっとしていると、廊下の奥からすたすたと歩く足音が聞こえてきた。  この足音は……セルンさんか。  王子が来て早々ドナルド様に呼ばれたセルンさんは、私を見て眉をひそめた。 「キウス! オレが口を酸っぱくして忠告したのに、お前はまたニロ様とお嬢を二人きりにしたな!」  幼馴染であるフェーリ様を妹のように可愛がる王子の何が可笑しいのか分からない。  困った顔のセルンさんに小首を傾げて不思議がると、彼ははぁっと大きくため息を吐いた。 「いつかやられるぞ、お前は……」 「?」  小声でなにかを口ごもると、セルンさんは扉をノックした。 「……ん?」  暫くしても中からの反応がなかった。  すかさず眉を寄せて、セルンさんは「失礼します!」と言って勝手に扉を開けた。 「ああぁぁぁぁぁぁぁあっ!」  部屋に入ったセルンさんの奇声を聞き、追って書斎に足を踏み入れた。すると、山積みの書類を前にして互いに寄りかかり、深く眠る王子とフェーリ様の姿が目に映った。  ……フェーリ様の寝顔。  ああ、穏やかでなんて愛らしい……。  ほっこりして不意に口角を綻ばせていると、それに気づいたセルンさんは怪訝な表情を浮かべた。 「キウスお前、これでも動じねぇのか……」 「どうしました?」  意味が分からず聞き返せば、セルンさんに呆れた顔をされた。 「婚約してるからって気が抜けすぎだよ、お前は……」  8年前、フェーリ様は求婚の儀で涙を流した。  それほどに私のことが嫌いなのかと落ち込んでいたが、その後、フェーリ様が嬉しい涙だと説明してくれた。  本当にどこまでも人を気づかってくれるいい子だ。  私とフェーリ様はいずれ結婚する仲。  過保護になって嫌がれるよりも、私は余裕を持って彼女と接したい。 『私の身と心は……私自身が守る!』  あの日、震えながらフェーリ様は強気でそう宣言した。そして言葉だけではなく、あれから乗馬と護身術を身につけたらしい。  誘拐犯を庇うほど純粋で可憐なフェーリ様だが、その優しさの中には強靭な意志を持っている。  その差異が新鮮で、フェーリ様にはこれからも変わらず自由でいて欲しいのだ。  そんなフェーリ様を見ているだけで爽やかだった気分は、日に日に甘みを帯びてきて、近頃美しい女性に成長した彼女を目にするだけで心が満たされるようになった。  ぼんやりそう思っていると、何の前触れもなくセルンさんに両肩をぐっと掴まれ、体を思いっきり回された。 「これが問題なんだよ、これ!」  せっかく休んでいる2人を起こさないように気遣っているのか、セルンさんは小声で強めにそう言った。  王国のために献身的に働いている2人のどこに問題があるのか?    問題点を探そうとフェーリ様の寝顔を眺めていると、じわじわと心がほんわかしてつい口から言葉がこぼれ出た。 「ふふっ、絵になりますね」  嬉しそうに微笑んでいると、セルンさんに再びくるりと回され、今度は彼と向き合った。 「キウス、いいか? オレがいうのもあれだがな。ニロ様はお前を前にしても平気でお嬢にべたべた触るんだぞ。そんな王子を警戒もしないで二人きりにさせるとどうなるか、わからなくはないだろう?」  セルンさんの忠告を受け、静かに思考を巡らした。  私も含めて、王子とフェーリ様はこの世に生を享けた瞬間から政治の駒として使われている。  王子は昔からその事実に気付いている様子だったが、一方のフェーリ様は純白のまま平和に暮らしてきた。  それなのに私の不手際で誘拐された彼女は、挫けることなく更に一段と強くなり、自らこの世界の現実と向き合うようになったのだ。  子供の頃から仲良しの2人は王国のために各自で奮闘しながらお互いを支え合ってきた。  いずれフェーリ様は私の妻になる。  そう分かっているはずだが、フェーリ様にしか心を許さない王子は、昔から彼女に甘える傾向がある。  いつも難しすぎる政治問題を聞かされる王子は、常に精神を尖らせて顔をしかめていた。普段から気を張る王子ではあるが、フェーリ様を前にすると俄かに表情を崩して幸せそうに微笑むのだ。  息つく間もない王子にとってフェーリ様は唯一の憩い。  まだ若いから、今のうちに思う存分甘えさせてもいい。そうでなければ王子の精神が持たなくなってしまうだろう。  そんな風に考えれば、突然、「だめだこりゃ」とセルンさんがため息をついた。  なぜセルンさんがここまで王子に固執するのか、私には分からない。  なぜなら王子だけではなく、今まで気ままに生きてきたセルンさんも同様にフェーリ様を大切にしているからだ。  美しい面持ちもそうだが、フェーリ様は普段から他人ばっかりを気づかう優しい子だ。しかし、いざ自分のことになると、なぜだかぐっと厳しく、そして誰よりも強く生きようとする。  そんなフェーリ様を愛しく思う気持ちは痛いほど共感できるから、それの何がいけないのか理解できない。 「セルンさんだって王子と同じではないですか?」 「えっ⁈ ……な、なんのことだ⁇ よくわかんねぇ……って、そうだ! 今のうちにお嬢の夕食を用意しないとな!」    ドキッと目を泳がせながらそう言うと、セルンさんは慌てて部屋を後にした。  急にどうしたのだろう? 「危ねぇ……」と囁くセルンさんの後ろ姿を見届けて、私は再びフェーリ様の顔に目を向けた。  フェーリ様が幸せそうに眠っている。  なんて愛しい……。  こっそりフェーリ様の頬に顔を寄せて、音を立てないように口付けを落とした。  強くなろうと日々努力を重ねるフェーリ様に、私はどんどん引き寄せられる一方。  早くフェーリ様と結婚したい気持ちを抑えるのに精一杯だ。  フェーリ様の黒く長い髪をすくいあげて、自分の唇を押し当てた。私とフェーリ様は運命の透明な糸で結ばれている。  政略結婚とはいえ、お陰でフェーリ様と一生を過ごせることに心の底から感謝している。結婚して彼女と温かい家庭を作りたい。  芳しいフェーリ様と結ばれる日々を想像して、ぼんやりと彼女の薬指にはめた婚約指輪を眺めた。  そうしてこの上ない幸福感をおぼえ、思わず「ふふっ」と小さく声を出して笑った。
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