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26. 舞踏会
******【フェーリ・コンラッド】
結局夕方まで寝てしまった私とニロは会話を交わせないまま、彼が城に帰る時間になってしまった。
「ふぁ~」
「お疲れのようですね、ニロ様」
馬車の前で大きくあくびをしたニロにセルンは問いかけた。
「ふむ。昨日は一睡もできなかった故、ちと疲れたかも」
疲れ顔で再びあくびをしたニロに、セルンはキラキラした笑顔を浮かべる。
「左様でございますか。であれば無理して毎週のように訪ねなくても、お城の方でごゆっくりなさってはいかがですか?」
まあ、セルンがニロを気遣っているわ。二人はだいぶ打ち解けたみたいでなんだか嬉しい。
そんな風に考えていると、隣からニロの声が聞こえた。
「異なことを言う。フェーリと会うために寝ないで仕事を全うしたのだ。それで疲れて城で休んだら本末転倒であろう?」
「いいえ。婚約者であるキウスなら未だしも、仕事上全く接点のないニロ様がそこまでしてお嬢様とお会いする理由などないと思いますが?」
確かにニロと会う理由が全くないわ……。それでもわざわざ時間を作ってくれて嬉しいのだけれど、あまり彼の負担になりたくない気持ちもある。
そう不安がっていると、突然ニロが私の肩に手を伸ばしてきた。
「理由は単純だ、セルン。フェーリが余の癒しだからだ」
そう言って私を抱きしめると、ニロは「わかったか?」と耳元に囁いた。
うっ、やはりニロは自分の魅力をわかってない……!
不意に固まっていれば、急に腕を引っ張られ、気づいたらニロから引き離されていた。
振り向くとピリピリと明らかに怒った様子のセルンがいた。
え、なにこの黒い靄……? どこから出しているの……?
その雰囲気に気圧されていると、セルンは笑顔で口を開いた。
「ニロ様。親しい間柄とはいえ、既に十七歳にもなった王子が気軽にお嬢様に触れるのはいかがなものかと。特にお嬢様にはキウスという婚約者もいるので、今後はどうかお控えくださいますでしょうか?」
「却下だ。そもそもキウスが警戒すべき人物は余ではなく、厳密に言えばフェーリと毎日を共にする其方の方ではないか、セルン?」
「くっ……」
私を間に挟んで二人は黙ってお互いを睨み合った。
セルンの言う通り、私はキウスと婚約している。だから、あまりニロと仲良くするのはよくないのかもしれない。
それでも唯一の仲間であるニロと会えなくなるのは寂しすぎる。やはりキウスも気にしているのかな……?
ふとキウスの方を見ると、いつも通りずっと私を見ていたらしい彼は顔の周りに花らしきものを咲かせて、「ふふっ」と笑った。
あれ? また花の数が増えた気がする。目が悪くなったのかな、私?
キウスと見つめ合っていれば、礼儀正しくニロが別れの挨拶をしてくれた。
「それではフェーリ、また明日」
(……ん? 明日? 来週ではなくて?)
小首を傾げると、ニロに困った顔をされた。
「覚えてないのか、フェーリ? 明日は王城で舞踏会が開かれる。お前の方にも招待状を手配したはずだが……」
近頃事業の書類だけで手が回らず、招待状は全部セルンに任せている。
王城で開かれる舞踏会であれば欠席するわけにもいかないのに、その話を聞いてないわ。
セルンの方を向くと、彼は額に汗を滲ませて目をそらした。
セルンが忘れた……? 珍しいわ。
セルンは優秀だからついつい頼ってしまう。知らないうちに無理をさせちゃったのかな……? もう少しセルンの仕事量を減らすべきだわ。
(教えてくれてありがとう、ニロ。後で確認するね)
瞳でそう伝えると、スカートの裾を軽く摘まんだ。するとニロは顔をしかめてなにかを口ごもった。
「やつめ……わざとか……」
「?」
声が小さくて聞き取れず、頭の上に疑問符を浮かべたが、ニロは軽く首を横に振り、「よいのだ」と言ってそのまま馬車に乗った。
公務のことを思い出したのかな? かなり険しい表情だったけれど、大丈夫かな……?
そうしてニロの馬車が見えなくなるまで見送ると、例によってセルンははぁ~っと大きくため息を吐いた。
「お嬢は疲れてるから、無理して舞踏会に参加しなくてもいいよ」
あ、セルンは忘れたんじゃなくて私の体調を気遣ってくれたんだ……。
さすがだわ。そう感動しつつ紙に字を書いた。
<国王陛下のご招待なら参加しないわけにはいかない>
「問題はそこなんだよ、お嬢! 本来ならお嬢が参加しなくてもいいのにニロ様がわざわざ余計に招待状を送ってきたんだよ?
丁度オレもドナルド様に言われた仕事があるし、お嬢と一緒に参加できないから不安だ。だから明日は欠席でいいと思うぜ?」
真顔でそう言われ、すかさず筆を走らせる。
<お父様に言われた仕事?>
「……えそっち?」
とセルンは口を尖らせて、不服そうに呟いた。
<教えて>
強気で迫ると、困った顔でセルンはがっくりと肩を落とす。
「う~ん。それがな、最近南の国で凄まじい勢いでどでかい宗教団体が出来上がったらしくてさ、それで王国にも影響を及ぼしかねないからいち速く調べろってさ」
海の向こうに位置する南の国、テワダプドルは確か宗教的背景を色濃く持っている国だ。
小さな国ではあるが、宗教の聖地として多くの巡礼者を魅了する伝統的な国教を持っている。
そんな国に急成長する宗教団体が現れたならそれは警戒するべきだ。さすがドナルド社長。
改めて社長の能力に驚かされていた時。
「──じょう、お嬢!」
「!」
突然、セルンに両肩を掴まれた。
「だから、明日は欠席にしようぜ?」
不安げな表情でそう心配してくれたが、ドナルド社長なら絶対に欠席なんかしないだろう。そう思い、首を何回も横に振った。
<参加する>
「ええぇぇぇぇ……」
私も負けてられないわ。社交界と事業を両立させてみせる!
ニロの傍にいたいならこのくらい華麗にこなせるようにならないと……!
堅くそう決意し、さっきからずっとため息を吐くセルンを連れて書斎へと戻った。
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