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「お嬢様、本当にこの格好でよろしいのでしょうか……」
不安げな顔のメルリンに軽く頷くと、一人で馬車に乗って王城へ出発した。
本来であれば、朝から化粧やら身だしなみやらを整えてしっかりした正装で行かなければならない。
けれど、いつも通り大量な書類に追われているから今日はニロに顔だけを出してすぐに戻る予定だ。
それで化粧は不要だとメルリンに断り、普段より少しいいドレスで髪の毛を緩く後ろに纏めて会場に赴いたのだ。
「また会えて嬉しいです。フェーリ様」
顔の周りに美しい花を咲かせながら、キウスは私に手を差し出してくれた。
さすがに舞踏会にまで会話用の紙を持ってこれないから、重たい唇を一生懸命動かす。
「……こんばんは、キウス様」
私の手に口づけを落とすと、キウスは会場まで私をエスコートしてくれた。
庭の見える <貴賓の間> に入ると、中央にいるニロはいつも通り多くの人に囲まれている。
「フェーリ、よくぞ来てくれた」
私とキウスに気づくと、ニロは人集りを掻きわけて、豪然たる態度で私に向かってきた。
「……こんばんは、ニロ」
軽くスカートの裾を掴み挨拶をすると、ニロも同様に礼儀正しく挨拶を返してくれた。
今日のニロは王子らしく高級な衣装を着こなしている。なんだかいつも以上に輝いて見えるかも。
思わずニロを見惚れていれば、後を追ってきた令嬢たちがわぁっとニロを囲い、会話を始めた。
「ごきげんよう。ニロ殿下。今日は珍しくバイオリンをご演奏になるとお聞きしましてよ」
「まあ。素晴らしいこと! タレントに恵まれた殿下のご演奏が聴けるなんて光栄ですわ」
「その通りですよ! 通常の宴会では絶対に聴けませんもの! 楽しみで昨日から眠れませんでしたよ!」
横目で睨んでくる彼女たちの目線に気づきそっと後ろのほうへ下がった。
獲物を狙う目……恐ろしいわ。
そんな風に考えつつ、とりあえず用意されたテーブルのほうへ移動した。
騎士長のキウスはニロの傍に控えるべき。私は一人でも大丈夫だとキウスに伝え、大人しく椅子に腰を据える。
そうして大勢の人に囲まれるニロを眺めながら、一昨日徹夜で仕事したようだけど、あれからちゃんと寝れたのかな? なんてぼんやり心配していた時。
「あなた、ちょっと顔を貸しなさいよ」
後ろから声が響き、振り向くと、そこには美しいドレスを身につけた3人の令嬢がいた。
よく見れば先程ニロを囲んだ令嬢たちではないか。
あれ、わざわざ私に挨拶をしに来たのかな?
でも顔を貸せって、なんだか違和感が……。
嫌な予感がしてセルンとの会話を思い出す。
コンラッド家の事業を任されて早々その異様に莫大な財力に驚愕した。そんな私に優しいセルンは経緯を話してくれた。
セルンの話によれば、水面下で色々と手を回すために実権を握っている貴族らは公の爵位を辞して、その下位である侯や伯を自主的に名乗るようになった、と。
それは西の国に行動をマークされないために無駄に目立たない方がいいということでもある。
それで現在王国のトップに立っている数多くの公爵家は名ばかりの飾りであり、西の目を晦ますための大事な役者であるとセルンが言ったのだ。
セルンとの話を思い出している時、真ん中に立っているいかにも公爵家の令嬢が手に持っている美しい扇をぎゅっとにぎり舌打ちをした。
「……いいこと。黙ってついてきなさいよ」
あ、これは十中八九ニロの態度が招いた結果だ。
なんせ王子で婚約者が決まってない上、容姿端麗な彼を狙わない貴族令嬢なんていないものね……。
挨拶しにきたわけではないと確信し、名目上侯爵家である私は彼女たちに逆らえないことを悟る。
宴会で誰かに絡まれたら遠慮なくキウスに頼ってと言われたが、それで変な騒ぎに発展したらただの笑話になってしまう。ここは大人しくついていって嫌味を聞き流したほうが無難かも。
そう決めて静かに椅子から立ち上がり、三人の後を追って庭へ出た。
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