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しばらくしてキウスに降ろして貰おうと彼を仰ぎみた。
私の意図に気づくと、キウスは更にぎゅっと私の肩を抱き寄せて、硬い胸板に固定した。
ストロング子爵に誘拐された時と違って、誰かが助けに来なくても私は一人でも大丈夫。
8年前、純粋で可憐だとキウスに白い目で見られたけれど、それでも私は自分の身を自分で守りたい。
この際もう一度伝えようと軽くキウスの肩を叩いた。
「キウス様、もう大丈夫。自分で……歩ける」
必死にそう声を発したが、キウスは私に見向きもせず道の向こうを見つめたまま、素っ気なく言った。
「もう少しだけ抱かせてください」
うっ、やはりキウスが怒ってる……。
長い間婚約しているからわかるけど、キウスはすぐに怒る人ではない。
ただ普段はふわふわしているのに、いざと言う時にがらりと雰囲気を変えて、すごく真剣になる。
優しくていい人だとわかっていても、時折見せられるこの険しい表情はやはり怖い……。
わざわざ探しに来てくれた訳だし、これ以上しつこく反論するのも失礼だ。仕方なく黙っていると、やっと私に目を向けたキウスは口を開いた。
「フェーリ様。あそこで何があったか、教えてくれますか?」
しかめ顔でそう聞かれ、思わずぎくりとする。
『何を言っているのですか? 婚約者であるあなたの身と心を守るのも私の仕事ですよ』
昔、キウスに迷惑をかけたくないと伝えた時、一度そう言われたことがある。
強制的に私と婚約を結ばせられたのに、キウスは一度たりとも文句を口にしたことはない。
それどころか婚約者としての役目をしっかりと果たしてくれる。
それもあって、いつも私の話になるとキウスは血相を変えてまじめに対応するから、このことを彼に教えたらまた大変な騒ぎになりそうだ。
「なんでも……ない」
軽く首を横にふると、キウスに困った顔をされた。
ちゃんと状況も説明できない子だと思われたのかな……。
ふぅ、と諦めたように息をこぼして、キウスが私の顔をみた。
「……わかりました。では、一つだけ教えてください」
その鋭い眼差に気圧されて、焦って頷く。どうか大変なことになりませんように、と願ったところ、頭上にキウスの声がふれた。
「……先程の男を失神させたのは、フェーリ様ですか?」
予想外の質問にドキッとして、息を呑む。
うぅ、やはりあれはやりすぎたのかな……。
ただの飾りであれ、大事な役者である公爵家の子息を失神させるなんて、さすがのキウスも立場上困ってしまうよね。
彼のことを考えないで感情的に行動してしまった。婚約者として失格だわ……。
怒られることを覚悟して弱々しくうなずいたが、予想に反してキウスはにこにこと顔の周りに多くの花を咲かせた。
あれ、キウスが笑ってる……。
さっきのことで頭にきた、わけではない? ……ん?
戸惑っていると、突然キウスが顔をどんどんと近寄せてきた。
言いたいことがあるのか? 首を傾げて、近づいてくる彼の顔を見ていれば、ふと頬に生ぬるい感触が伝わった。
「!」
え、いまのは、なに……。
きょとんとしていると、
「よくできました」
誇らしげに綻ばしたその口元はそれはそれは柔らかい笑顔であった。
あれ、初めてキウスに褒められた……。8年前と違って、呆れられてない。
……なんで? 今回はちゃんと自分の身を自分で守れたから……?
ふいと胸が熱くなり、真っ直ぐに見つめてくるキウスをじっと眺めた。
ただのお荷物ではなく、一応キウスも私のことを認めてくれた……のかな?
感動して視線を絡ませていれば、突然キウスは歩く足を止めた。
「……!」
やっと降ろしてくれたかと思いきや、急に体を引き寄せられて、気づいたらその腕の中に包み込まれていた。
「……キウス、様?」
見上げたらそこには穏やかな表情があった。そうしてしばらく私の首筋に顔を埋めると、
「……やはりあなたは新鮮ですね」
耳元でそう囁かれ、それから頬に温かい唇を押し当てられたのだ。
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