26. 舞踏会

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「フェーリ、無事だったのか?」  いつも通り多くの人に囲まれていたが、私とキウスがみえると、ニロはすかさず心配しにきてくれた。 (ごめん、ニロ。散歩しようと思ったら、道に迷った)  瞳でそう答えれば、ニロは無言で私の目を覗きこんできた。 「……散歩。ふうん……ふむ、そうか」  一瞬だけニロの銀目が冷たく光った。……なんだろう?   違和感を覚えたものの、正直さっきの一件で精神がかなり疲弊した。今はただ早く屋敷に戻りたい。 (まだ仕事が残っているから、そろそろ帰ろうと思うの) 「ふむ。そうだな。よかろう」  てっきり引き止められると思ったのに、妙に潔く了解してくれた。ニロの反応が変だ。なんだか怒ってるみたい。  不思議に思いながら、ニロに手をふった。 (わざわざ見送らなくてもいいよ、ニロ)  舞踏会の真っ只中、王子が抜けるのも不自然だからね。  気遣って何度も大丈夫と言ったが、結局「よいのだ」とニロが外まで見送りに来てくれた。  すっかり暗くなった王城の前には護衛の姿しかなく、ひっそりかんとしている。宴たけなわの頃だもの。この時間に帰るなんて私だけ。  道が空いているから、馬車はすぐにやってきた。 (せっかく招待してくれたのに、長居できなくてごめんね)  申し訳なさそうにしていると、ニロは不満げに眉をひそめた。 「謝るな、フェーリ。お前のせいではない」 (……気づかってくれてありがとう、ニロ。そして演奏お疲れ様)  瞳でそう伝えると、ニロは悔しそうな表情を浮かべて、ふぅ、と深い息を吐いた。 (どうしたの?) 「……ふむ。実を言うと余はお前に演奏を聞いて欲しかった。そもそもあれはお前のために……」  あ、そうか。せっかくだからニロは私に演奏を聞いて欲しかったのね。 (途中からだけどちゃんと聴いたよ、ニロ? 相変わらず素晴らしい演奏だった。とても感動したわ!) 「……そう、なのか?」 (うん。心を奪われる素敵な音色だったよ!)  元気よくその思いを伝えると、にわかにニロが表情を崩した。 「……そうか。余が奏でた音でお前の心を奪えたのであれば、それは欣快の至りだ」  あ、ニロの笑顔……。  心なしか最近どんどん眩しくなってきた気がする。  ぽうっと見惚れていれば、その桃色の唇はみるみる綻んでいった。 「……フェーリ」    愛おしそうに私の名を囁くと、ニロは私の両手を取った。ふわっと体を引き寄せられて、気づけばニロの両肩に手が回っていた。  あれ、なにこの体勢……。まるで抱きしめ合っているみたいじゃない……!  腰にかかったニロの手をチラ見して、かっと頬に熱がこもる。  ドキッと顔を上げると、ニロと鼻先がふれた。  うっ、近い…っ  身をこわばせる私に額を寄せてきて、ニロはこの上ない甘ったるい声で囁いた。 「やっとお前も余を見てくれるようになったのか」  熱い吐息が唇をくすぐり、胸が更に鼓動を増す。 (……さ、最初からちゃんとニロの努力を見てきたよ)  光を帯びた美しい銀色の瞳で見つめられ、湯気が出るほど熱い頬でそう返すと、なぜだかニロはそれは幸せそうに微笑んだ。  その笑顔はいつもと違ってうっとりしてみえる。    努力が認められて嬉しいのかな? 私もキウスに認められたばかりだから気持ちはわかるわ。なんて思ったら、突然ニロの腕から解放され、困った顔をされた。 「……気をつけて帰りたまえ」    あれ、ニロの目が少し怖い。  さっきまで柔らかい眼差しだったはずなのに……気のせいだったのかな……?  よくわからないまま軽く膝を曲げて別れを告げた。  そしてやっと仕事に戻れると安堵して、一人で馬車に乗り王城を後にしたのだ。
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