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「フェーリ、無事だったのか?」
いつも通り多くの人に囲まれていたが、私とキウスがみえると、ニロはすかさず心配しにきてくれた。
(ごめん、ニロ。散歩しようと思ったら、道に迷った)
瞳でそう答えれば、ニロは無言で私の目を覗きこんできた。
「……散歩。ふうん……ふむ、そうか」
一瞬だけニロの銀目が冷たく光った。……なんだろう?
違和感を覚えたものの、正直さっきの一件で精神がかなり疲弊した。今はただ早く屋敷に戻りたい。
(まだ仕事が残っているから、そろそろ帰ろうと思うの)
「ふむ。そうだな。よかろう」
てっきり引き止められると思ったのに、妙に潔く了解してくれた。ニロの反応が変だ。なんだか怒ってるみたい。
不思議に思いながら、ニロに手をふった。
(わざわざ見送らなくてもいいよ、ニロ)
舞踏会の真っ只中、王子が抜けるのも不自然だからね。
気遣って何度も大丈夫と言ったが、結局「よいのだ」とニロが外まで見送りに来てくれた。
すっかり暗くなった王城の前には護衛の姿しかなく、ひっそりかんとしている。宴たけなわの頃だもの。この時間に帰るなんて私だけ。
道が空いているから、馬車はすぐにやってきた。
(せっかく招待してくれたのに、長居できなくてごめんね)
申し訳なさそうにしていると、ニロは不満げに眉をひそめた。
「謝るな、フェーリ。お前のせいではない」
(……気づかってくれてありがとう、ニロ。そして演奏お疲れ様)
瞳でそう伝えると、ニロは悔しそうな表情を浮かべて、ふぅ、と深い息を吐いた。
(どうしたの?)
「……ふむ。実を言うと余はお前に演奏を聞いて欲しかった。そもそもあれはお前のために……」
あ、そうか。せっかくだからニロは私に演奏を聞いて欲しかったのね。
(途中からだけどちゃんと聴いたよ、ニロ? 相変わらず素晴らしい演奏だった。とても感動したわ!)
「……そう、なのか?」
(うん。心を奪われる素敵な音色だったよ!)
元気よくその思いを伝えると、にわかにニロが表情を崩した。
「……そうか。余が奏でた音でお前の心を奪えたのであれば、それは欣快の至りだ」
あ、ニロの笑顔……。
心なしか最近どんどん眩しくなってきた気がする。
ぽうっと見惚れていれば、その桃色の唇はみるみる綻んでいった。
「……フェーリ」
愛おしそうに私の名を囁くと、ニロは私の両手を取った。ふわっと体を引き寄せられて、気づけばニロの両肩に手が回っていた。
あれ、なにこの体勢……。まるで抱きしめ合っているみたいじゃない……!
腰にかかったニロの手をチラ見して、かっと頬に熱がこもる。
ドキッと顔を上げると、ニロと鼻先がふれた。
うっ、近い…っ
身をこわばせる私に額を寄せてきて、ニロはこの上ない甘ったるい声で囁いた。
「やっとお前も余を見てくれるようになったのか」
熱い吐息が唇をくすぐり、胸が更に鼓動を増す。
(……さ、最初からちゃんとニロの努力を見てきたよ)
光を帯びた美しい銀色の瞳で見つめられ、湯気が出るほど熱い頬でそう返すと、なぜだかニロはそれは幸せそうに微笑んだ。
その笑顔はいつもと違ってうっとりしてみえる。
努力が認められて嬉しいのかな? 私もキウスに認められたばかりだから気持ちはわかるわ。なんて思ったら、突然ニロの腕から解放され、困った顔をされた。
「……気をつけて帰りたまえ」
あれ、ニロの目が少し怖い。
さっきまで柔らかい眼差しだったはずなのに……気のせいだったのかな……?
よくわからないまま軽く膝を曲げて別れを告げた。
そしてやっと仕事に戻れると安堵して、一人で馬車に乗り王城を後にしたのだ。
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