2. 怪しげな騎士

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*********【フェーリ・コンラッド】  白亜の豪邸の前に、4頭の黒馬に引かれた高雅(こうが)な馬車がとまった。 「足元に気をつけるんだよ、フェーリ」  そう言って、男性は私に手を差し出してくれた。  ドナルド・コンラッド──この人は私の父親だ。  絹糸のような黒髪ですらりと背が高く、誰に対しても素敵な笑みを絶やさない。ドナルドは正にやり手社長のような人だ。 「ありがとう、ございます」  3日以上馬車に揺られて、少しふらつく私をドナルドが支えてくれた。  そんな彼に礼を伝えると、頭の上に手を置かれてふわっと撫でられた。 「長旅で疲れたかい?」  相変わらず唇が重たいので、うなずきで返事をする。 「そうか。ではさっそく私は謁見の間に行くから、フェーリはゆっくり部屋で休みなさい」  休む間もないのね。本当に社長って感じ……。  ドナルドは、私の2人目の実父だ。  忙しいドナルドは、いつも書斎にこもり仕事に打ち込んでいた。ほとんど会話を交わすことがないので、正直ちょっと距離を感じている。  ドナルドのことをまだお父さんとしてみることができないから、未だに心の中でこっそり社長と呼んでいるのよね……。  侯爵家の当主であるドナルド社長はいくら忙しくても、毎日必ず一緒に夕食をとってくれた。    疲れている彼を気づかい、無駄に話しかけないようにしている。  そうして会う度に「いい子だ」としか言われず、こうして社長と言葉を交わしたのは初めてだ。  無言でドナルド社長の顔を見上げていると。 「私がいなくても傍に控えるセルンの言うことをちゃんと聞くんだよ、いいね?」  念を押すようにそう言われ、再びこっくりと頷いた。 「うん、いい子だ」  馴染みのある言葉でそう呟くと、社長は降りたばっかりの馬車に乗り込み、この場を後にした。  あ、 一人で降りれば済んだのか。気づかず社長に負担をかけてしまったわ……。  転生してから8年が経ったのに、まだこの世界に馴染むことができず、戸惑うばかり。  社長は私が要求しなくても奢侈(しゃし)なほどにものを買い与えてくれる。  そんな彼に少しでも恩を返そうと、基本以上の教養に礼儀作法を頭に叩き込み、平素からコンラッド家の令嬢らしい振るまいを心がけてきた。  そうして離れてゆくドナルド社長の馬車を見送っていれば、後ろからセルンの近づいてくる気配がした。  セルンは2年前からコンラッド家の護衛長になったけれど、私は彼と話したことはないのだ。  一応叙任された騎士のようだが、セルンは鎧を着ていない。  背中まで長く伸ばした蒼色の髪を緩く結び、水色の目をしている。  その逞しい面持ちを仰ぎ見ていれば、上から親しみのある声がふってきた。   「お父様がいなくなって寂しいのかい、お嬢?」    令嬢の私に敬語を使わない。   なんでだろう。爵位は下だけど、セルンも貴族だから……?   貴族でも継承権のない人はこうして上級貴族のところで働くことは決して珍しくない。とはいえ、セルンは伯爵家のものだ。  本来、王城で働くのが理想だろうけれど、セルンは養子だからか、騎士団を辞めたあと、仕事を転々としてから流れでコンラッド家に入ったみたい。  侍女の間でセルンはかなり人気があるらしく、廊下で彼の噂をするその声が度々耳に入り、いろいろ知ったのだ。  4年前、なにも言わずに失踪した騎士団長がいたらしいけれど、その人はどうやらセルンの義兄弟で、2人はかなり親しかったとか。  まあ、普通に考えてセルンはワケありだろうが、きっと私の聞いていいことはない。  そう思いつつ社長の馬車を見送っていると、突然、セルンが目の前にしゃがんだ。 「……?」  ふいに小首をかしげたら、セルンは謎の意地悪そうな表情を浮かべ、私の顔をじろじろとみた。 「大人しくて良い子って噂だったが、案外寂しがりやさんだな?」  あ、そうか。  セルンは見送りの文化を知らないから、私が寂しがっていると勘違いしているのね。  そんな彼に首を横にふり否定したが、その意図が伝わらなかったのか、セルンは更に顔をほころばせた。いい笑顔なのに怖い。なんで……?  心なしか体の周りに黒い(もや)が見える。  セルンはクククッと笑ってから、私の頭をぽんぽんした。 「大丈夫だお、お嬢。これからおじさんが四六時中朝から晩までお嬢の傍にいるから、寂しくなんかないよ~ぉん」  明らかにバカにしているわ。  子供に見えるが、私の精神は立派な大人だ。 「一人、でも、……だい、じょうぶ」  むっときて強気に不満を表明すると、「ほぉ?」とセルンはさっきよりも興奮した様子をみせた。……本当になんで? 「そうかそうか、大丈夫か。クククッ。そんな無理しちゃって〜。お人形みたいな顔もそうだけど、実は寂しがり屋のお嬢も可愛いなぁ~。ああ、おじさん我慢できずイジメたくなっちゃうよ~」  セルンはまるで面白いおもちゃでも見つけたかのように、ニヤニヤと私をみた。  よくわからないけれど、瞬時に身の危険を察知した。  とりあえず、部屋に避難だ!  くるりとセルンに背を向け、小走りする。  速足とはいえ、身体のまだ幼い私が全力疾走でもないかぎり、セルンをまくことは当然できない。  ちらりと隣を確認すると、やはりそこには彼の姿があった。ほんのひとまたぎの距離でニマニマと私を見ている。  完全に獲物を狙う鷹の目をしていた。   「ククッ、何して遊ぼうかな~?」  にっこりと微笑まれて、私は初めて自分の安全を真剣に悩むことになった。
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