28. 食事会

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28. 食事会

「もう少し腕を上に挙げてください、お嬢様」  私は今、メルリンの手を借りて新しいドレスを試着しているところだ。  領地の管理があるので、母とは離れて暮らしている。けれど、毎年誕生日間近になると必ずと言っていいほど、母は新しいドレスを送ってきてくれるのだ。  本来ならまだ仕事が多く残っているから、ドレスの試着に割く時間なんてない。しかし、今晩は珍しく屋敷に来客があるらしい。  それでドナルド社長からしっかりした正装を言い渡され、ついでにこのドレスを着ることにしたのだ。 「さあ、できましたよ。いかがですか?」  そう言ってメルリンは姿見を向けてくれた。  両肩を出す柔らかいベージュ色の布地で、ひらひらと軽やかに揺れるフリルがとても愛らしい。 「……素敵」  素直にドレスを褒めると、メルリンは満足げな表情を浮かべた。 「奥様のお手作りですもの、それは素敵ですよ」 「……お母様の、手作り?」 「あら。ご存知ないのですか、お嬢様?」  首を横に振り否定すると、メルリンは優しく微笑んだ。 「奥様は会えないお嬢様を思って毎年自ら作っていらっしゃるのですよ? 離れて暮らすお嬢様の成長をドレスのサイズで実感しているのですよ、きっと」  子供の頃から私に難しい本ばかりを読ませたあの母が……? 「……どうして?」  思わずそう聞きかえすと、メルリンはびくりした様子で、悲しそうに眉を下げた。 「どうして、とは……。お嬢様、本当にわからないのですか? それは愛しているからですよ……? 当然ではありませんか。なんと言ってもお嬢様は唯一の娘ですもの」  娘……、か。  不慮の事故で第2の人生を歩むことになったけれど、病弱の母とは決して親しい間柄ではなかった。  そもそも子供の頃から私の世話をしてきたのはメルリンだ。  母との間にはあまり接点はない。食事の時以外顔を合わせることも会話を交わすこともほとんどなかったのよね……。  無関心……とまではいかない。  私のタレントを異様に期待する母は幼い頃から難しい本ばかりを寄せてきたのだ。  貴族特有の淡白な家族関係で、親子の愛などない。ずっとそう思っていたのに、母は口に出さないだけでちゃんと私を愛してくれたんだ……。  離れたところで成長する私の姿を想像して、母は毎年ドレスを作ってくれた。そうか。これが母の温もり、というものなのね……。  ポカポカと胸のあたりが暖かくなってくる。  いつもならこわばる頬も段々と緩み、ふと顔が綻びたような気がする。 「あら。……お嬢様、いま……」  とメルリンは何か言おうとしたが、コンコンと扉が叩かれて遮られた。
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