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「失礼致します」
入室許可を下すと、5人のメイドが続々と入ってきた。
多くの人に囲まれることを好まない。だから世話周りをメルリンだけに限定しているのだ。なんで急に入ってきたのだろう? と小首をひねったところ、その奥から背の高い女性が静かに姿を現した。
細身で吊り目の厳しい顔……。この人は、モンナ……!
え、モンナは母と一緒に元の屋敷にいるはずじゃないの……!
びっくりと後ずさる。
女中頭であるモンナは、母の専属メイドだ。
優秀で厳然のモンナは昔から私に厳しい。
母から預かってきた難しい専門書を持ってきて、読み終えるまでじっと監視することもあった。
そう、モンナは正に母の分身そのものだ……!
「ご無沙汰しております、フェーリ様」
厳粛な表情で、モンナは四角い眼鏡の位置を直した。
うぅ、幼少期のトラウマが蘇るよ……。
ぷるぷるとメルリンの後ろに隠れた。
モンナがここにいるということは、母からの便りがあるということだ。
母からの誕生日祝いを届けにきたのか……?
いや、そんなはずがない。だってドレスは先週から届いているもの。
そもそも母がモンナにプレゼントを持たせるはずがない。
心の底でわかっているのさ。厳しいモンナをわざわざ送ってくるということは、十中八九は説教目的だと……。
うっ、なんだろう。公爵家の男を失神させたからか……?
それとも勝手にコンラッド家の領地に実験を敢行したからか?
あ! もしかしたら事業進捗の確認が滞っているから?
うん、だめだ。心当たりが多すぎてわからないよ……。
さっきまで暖かかった胸がさぁーと冷えて、恐ろしい不安に駆られた。
おほん、とモンナの険しい視線に気づき、慌てて背筋を伸ばした。宜しい、と少し満足した様子で、モンナが口を開く。
「フェーリ様。お化粧をなさらないまま舞踏会に参加したとお聞きして、奥様は大変驚かれました。礼儀作法の根本からもう一度教えるよう言われ、このモンナが参った次第です」
え?! 舞踏会のこと、母にバレてたのか……!
一瞬にして背筋が凍った。メルリンをみると、そこには同じ青ざめた表情があった。
あれ、メルリンが漏らしたのではなければ、一体誰が……?
「フェーリ様。まさかとは思いますが、今晩のお食事会にもこの姿で向かわれるおつもりですか?」
びくっと図星を突かれて、無表情だろうけど焦った。するとモンナは再び眼鏡の縁に手を当てて、目を細める。
「フェーリ様、そろそろ16歳のお誕生日を迎えると言うのに、淑女としての自覚が全く足りないのではありませんか!」
う、怖い。顔が怖いよ、モンナ……!
泣きそうになった私を庇うように、メルリンが前に出てくれた。嬉しいけど、相手はモンナだよ。メルリンまで怒られちゃうよ……!
「メルリン、あなたもです。フェーリ様を甘やかしすぎです!」
案の定、モンナの雷が落ちた。
わなわなと互いの手を握り、メルリンとそろって後ずさった。
壁際まで下がると、モンナは余裕のある歩調で近づいてきて、私たちの肩に手をおく。
「いいですか、フェーリ様、メルリン? 淑女の正装とは服装だけではないのです。お化粧ありきで正装なんです!」
地を這うような低い声だった。
ひぃっ! と逃げる隙もなく、それから長い時間をかけて私に化粧を施しながら、モンナが説教を続けた。
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