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勢いよく開けられた扉から意外な人物が現れた。
……ニロ?
公務で忙しいはずなのに、なんでここにいるの?
というか、この時間で屋敷にいるからどう考えても食事会に出席するよね。今日の来客はニロのことだったのか……。
そうか。ニロは王子だから、会食するなら普通は正装するよね、なるほど。
そう納得して静かに目を瞑った。
でもさ、ニロは毎週あそびに来てくれるから、私の軽装を見慣れている。正式な食事会でも、わざわざ着飾る必要はないと思うんだ……。
うーん、モンナに言ったらまた淑女云々とか言われそうで嫌だな……。
こっそり心の中で不満を漏らし、瞼を開けた。目の前にいるニロはまだ固まっている。
(……こんばんは、ニロ)
ちゃんと瞳を見たが、ニロは反応してくれなかった。無言で私の顔をまじまじと眺めて、頬を染める。……いまの伝わらなかったのかな?
(今日の来客はニロだったのね?)
再び瞳でそう問いかけると、はっとした様子でニロが口を開いた。
「……あ、フェーリ。か……」
(ん? そうだよ?)
なにを言っているのかしら? と不思議がれば、ニロは確かめるように私の頬に手を当てた。それから陶酔したような表情を浮かべて、私の両頬を包み込む。
「……美しい」
(な、なに。急に……)
ふっと固まれば、ニロは可笑しそうに笑った。
「異な反応をするな、フェーリ。急なことではないぞ。余は常にお前が美しいと思っているのだ」
そう言うとニロはその眉目秀麗な顔をどんどんと私に近づけて、この上ない満足げな笑顔を浮かべた。
「ただ今日のお前はあまりにも美しすぎて、幻のようだ……」
桜色に染まった頬で、ニロの顔が色っぽい。
セルンに負けないくらい妖艶な雰囲気を纏っているわ……。
だんだんと近づいてくるニロの顔を見て、胸がかっかと熱くなった。
ただの社交辞令だろうけど、ニロに美しいって褒められた。
うっ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる……。
もう、今日は皆揃ってどうしたの……。
珍しく化粧する私をからかって楽しんでいるのかしら……。
一人でそう困っていると、鼻先が触れるほどニロの顔が近づいてくる。
「フェーリ」
色気を帯びたその呼びかけは耳を優しくかすめた。
いつものニロと違う。なんだろう、目がすごいうっとりしているわ。匂わないのだけれど、お酒でも飲んだのかしら?
ニロを意識しないようにしているのに、心臓がばくばく跳ねて言うことを聞かない。
いつものことだけれど、顔が近いよ……。
至近距離でニロと視線を甘く絡ませていれば、どんどんと顔に血が上ってきて、思わずまつげを伏せた。
ニロは本当に自分の魅力をわかってないんだから、もう……。
内心で不満を漏らした時、突如はじける小さな水音と共に、唇に初めての感触が伝わってきた。
……なに、これ……?
「がああああぁぁぁぁぁぁああああ!!」
悲鳴のごとくセルンの声がとどろいた。
ぱっと目を開くと、ニロの表情を確認できないくらい2人の顔が密着していた。
この距離でこの感触って……!
反射的に跳ね上がり、両手で自分の口を覆った。
「なんてことすんだよ!」
さっと間に入ってきたセルンは敬語を忘れて声を張り上げた。が、ニロは怒り心頭のセルンに見向きもせず、ずっと私の顔へ銀の視線を定めていた。
「…………っ」
一拍遅れで自分の唇に触れると、ニロは信じられないというような表情で顔を真っ赤かに染めた。
呆然と硬まったニロから私を隠すように、セルンが振り向く。
「お嬢、大丈夫かい……?」
頭が真っ白で、セルンの問に反応できなかった。
いまのは、キス……?
でもニロと私はただの仲間で、それ以上の関係を求めてはいけない……。
あそうか! いつも通り額を寄せるつもりで間違えて……いや、でもそんな間違い……。
うそ……。まさか、ニロも……。
ぽっぽと湯気が出るほど顔が熱い。
そうして酷く動揺していると、応接間の中からドナルド社長が出てきた。
「騒がしいね、セルン。どうしたんだい?」
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